「好きですよ」

 オセロの色を変える指が止まった。普通止まる。当たり前だ。止まらないやつはそうそういないだろう。ハルヒの計算で言うところの、百人中五人はいるガチなヤツでも無い限りな。
 今の俺の目の前で圧倒的な差で負けてるって言うのに相変わらずの爽やかスマイルで爆弾発言した野郎が、そうかもしれないって事実にも、かなり固まる要素はあったが。

「……なんだって?」
「好きですよ」

 これみよがしなのかどうかは知らないが、一字一句どころか音程すら同じまま、古泉は反復しやがった。
 なんだこの状況は。お前此処に誰か居たらどうなると思ってるんだ。

「誰も居ないから言えるのですよ」
「そうかい、笑えない冗談だな」

 こいつらしいっちゃこいつらしい、本当に心底笑えない冗談だ。しかし当の古泉は一瞬だけいつもの笑みを崩して、すぐ立ち直った。なんだその形成は。お前もしかしてもしかするのか?
 もしかしたって別に如何って事は無い。偏見というもんは何処にだって転がっている。けれど俺の常識は既に常軌を逸していて、つまり俺の常識は哀しいことに普通の其れからおそらく光年単位で離れていて、今更そんなヘテロではない人類の存在なんかで驚くことはない。……と言うか、今目の前のスマイルの絶えない超能力者や、今は掃除当番か何かなんだろう沈黙の宇宙人や、これまたタイミングよく進路相談なんかに行ってらっしゃる麗しき未来人と、誰かさんの思惑通り仲良く遊ぶなんてことをしていれば、そんなもん、とてつもなく普通のことだ。
 そうそんな事実だけならな。俺も今更こいつに対して態度を変えることは無いさ。
 其のベクトルが俺を向いてなければ、全然構わん。向いていたら俺までそう思われる。俺はいたって普通の男子高校生なんだ。

「僕は本気なんですけどねえ」
「……如何見たって、からかって遊んでいるようにしか見えん」

 おや、と肩を竦める。なんなんだ、お前は。本当に。立ち振る舞いだけをとれば長門よりも宇宙人染みている気がする。

「僕ほど素行のよい人間を捕まえて何を仰いますか」
「そう言う人間ほど性質が悪いって統計を、誰かがとってくれればいいのにな」

 やっぱりからかってるだけじゃねえか。本気で驚いた俺の空白時間を返せ。あと、お前早く次の手を決めろ。オセロが止まってる。

「……本気ですよ、僕は」
「――」
「貴方が、好きです。……恋愛感情という意味で」

 珍しく、あまりにも真剣に言うものだから、俺は情けなくも言葉を失くしちまった。
 それを古泉が如何受け取ったのか知ったこっちゃないが、数秒、言葉もなく視線を交わした後、いつものあの胡散臭さすら感じる笑顔に戻った。

「まあ、今回は貴方の反応が見たかっただけです」
「……お前」
「勿論、揶揄の意味での反応ではありませんよ。何度も言いますが、僕は本気です」

 パタン、と細くて長い指が黒の駒を置く。パタパタと滞りなく白を黒に変えて、俺を促す。かといって、そんなすぐにスイッチの切り替えが出来る事実では無いので、俺はまだ引き摺って訊いてみた。

「なんでだ?」
「何がでしょう?」
「なんで俺なんだって聞いてるんだよ」

 古泉が元からそういう奴だったとしても、俺でなくても、そういう対象はまあまず全校生徒の半分は居るし、誰かの計算によれば、百人に五人は居るんだから、そういう人を見ればよいのに。其の方が円滑に進んだんじゃないか?

「さあ、何故でしょうね」

 お前が訊くなよ。

「どうやら誤解されているようですが、僕は別に男性に好意を抱くというわけではありません」
「意見変わってるぞ、お前」

 古泉は肩を竦めて「何を言ってるんだか」みたいな顔をしやがった。

「僕が好きになったのは、貴方だということですよ。僕だって、元々男性が好きなわけではありません。ノーマルのど真ん中にいましたよ」
「過去形か」
「ええ。貴方を好きになってしまったものですから」

 なんで臆面もなくそう言えるんだ、お前は。
 呟きながらオセロを進める。相変わらずの脆弱っぷりだが、抵抗の姿勢だけは見せている。パタンパタンと、白を黒に変えていって、

「本当、何故でしょうね。不思議です」
「ハルヒ曰く、恋愛感情は一種の病気だからな」
「……確かに、病気かもしれませんね」

 いつものものに一パーセント寂しさを足したような笑顔で、笑いやがった。


( You say , and ... )


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