「トオル。どうしたんだ、すごい顔だけど」
「……なんでもないよ」

 とっくに諦めていたセツ兄とヤヨイ姉と違って、ユズ兄は声を掛けてきた。僕としては結構迷惑。ユズ兄はまだ十七だけど、信頼度は一番、というのはいつの間にか本人以外暗黙の了解になっていて、彼をぶつけて上手くいかなかった悩み事は早々に諦めるのがいい―――というのが、僕を含め何人かの結論だった。

「なんでもないってこと無いだろ、今朝からずっとそうしてて」
「う……」

 今朝からずっと、難しい顔、苦々しい顔、そんな顔だった。自覚がある。お人好しの好青年が放っておけるわけもなく、いっそお節介の域にまで達する事もあるユズ兄の其れは、ベクトルが完璧に僕一直線だった。こうなったユズ兄が梃子でも動かない事なんて、皆知っている。

「ミツキが、」
「ミツキが?」
「いつになったら僕のことを男としてみてくれるのかと思って」
「? 女だと思われてるの?」
「そうじゃなくて!恋愛対象としてみてくれるのかって話だよ!」
「え。ええええっ、トオル、そんなこと考えてたのかっ?」
「……ユズ兄って、本当に十七?」

 何が如何して、そっちの方が真っ赤になるんだ……。
 誰の眼に見てもユズ兄は僕より年上で、僕よりも人生経験がおそらく三年ほどあるはずにもかかわらず、このひとはそういう、恋愛沙汰云々に関して、疎いとか鈍いとかの範囲を遥か後方にあるところで、のほほんとしている。なんというか、妖精さんなのだ。本来ならばヤヨイ姉辺りに適応するこの称号を、十七歳の長身の男がほしいままにしている。欲しかないだろうけど。
 ああなんでどうして、よりにもよってこんな妖精さんにこんな相談してるんだろう、僕は。

「あ、いや、そういうことは置いておいて、さ」
「置いておいたらユズ兄は一生このまま、リッカ姉に虐められて生きることになると思うけど」
「うっ、それは困る」

 妖精さんの癖に、いっちょまえに恋してる。ああ、こういう言い方は良くない。解っていても思ってしまうし、口に出てしまう。思春期の所為だと思っておこう。
 ユズ兄は今日も今日とて元気に、リッカ姉に朝から波乗りをくらって、瀕死だった。今日は手持ち入りしてなかったからいいものの、一応主力扱いを受けているのだから、そういうところは如何にかした方がよろしいと思う。マスターにも周りにも迷惑だし。

「俺、一生この扱いかな……」
「いいんじゃない、別に」
「良くないって!」
「大丈夫だよ。ユズ兄はまだ幸せだから」
「?」

 ああこのひとは、本当に、鈍い。聞いた話じゃ、今現在が初恋なのだとか、ハルと違って先が眩しい初恋だ。ハルと違って。
 リッカ姉のあの虐めがどういうものか、大体半分くらいのメンバーが正確に理解してる。あれは一種の、心理的葛藤とでも言うべきか、反動形成だ。簡単に言えば、照れ隠しで、其の度合いが非常に激しいだけで。(ユズ兄が瀕死になるくらい!)

「ミツキは僕の事、弟ぐらいにしか思って無いんだろうなぁ……」

 ああ言葉にしてしまった。切ない空しい哀しい、でも寂しくは無い。一緒に居るのは本当だから。

「……、大変なんだな」
「お互い様だよ、ユズ兄」

 あとほんの少し時間がたてば、ミツキ達が帰ってきて、全員で夕食を囲む事に成るんだろう。其の時きっとミツキは僕の隣に座って、僕の隣で笑って、そうしてまた僕は、このままでもいいかな、なんて思って。そして後になってそれじゃあいかんと思って。
 ああ、いつになったら、僕は。

( この螺旋から卒業できるのだろう )


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