「……」
「…………」
「………………」
「……、なんなんだい?いったい……」

 耐えかねて、キールは語りかけた。
 腰も下ろさずに上からじぃ、と見下ろしている綾の表情は、硬いというか怖いというか不満だらけのようだ。しかし何が不満なのか言ってくれないから、また困る。
 綾がこの世界に還ってきて、そして其れを追いかけるようにキールが此方に来て、彼此二ヶ月。此処での生活にも慣れて、当初は大々的に騒がれていたキールのことについても落ち着き出し、やっとこさ不満なく生活できると思った矢先。
 綾は買い物から帰って来るなり、キールの部屋に入ってきたかと思えばこの状況。いったい何が何なのやら。

「思ったんですけど、」

 やはり不貞腐れたような態度で綾はキールのベッドに腰掛け、キールを見据えて言う。
 何事だろう、とキールは椅子ごとからだの向きを変えて彼女に向く。やはり其の表情はいかにも不満気。

「何がだい?」
「私達って、如何いう関係ですか?」

 ……は?

 何処を如何手順を踏んだらそんな質問が出るのか。キールは質問に驚く前に其の疑問が頭を占めた。

「……まず如何してそういうことを思いついたのかな?」
「帰りの電車で人目はばからずいちゃついているカップルを見たからです」

 即刻に簡潔に答える辺り、綾はそうとう其のことで頭が一杯なようだった。また迷惑なカップルが居たものだなと、キールは綾に気づかれないように溜息を吐く。
 どんな関係かと訊かれればそれはひどく曖昧で、キール個人としてはとても答えにくい問いであった。リィンバウムに居た頃ではフラットの―――家族の一員という感じであったし、此方に来たら来たでてんやわんやでそんな話したこともなかった。というか、気にする暇もなかった。
 勿論、自分としては……、まあ、そうであるが。

「関係というのは相互の感情から成り立つものであって、僕の一方的な意見を訊いても意味が無いんじゃないか?」
「キールさんの一方的な意見で良いです!」
 ……いいのか。それで。
「……、全く如何したんだい?少しは落ち着いてくれ」
「落ち着いてますよ」

 どこらへんが落ち着いているのか訊いたら怒るだろうか。いや、絶対怒るだろうな、これは。

「いいから教えてください!」
「わかったから」

 どうどう、と落ち着かせて―――実際落ち着いてくれないが―――キールは話し始めた。其れに彼女が納得すればよし、しなかったら……まあ、冗談で如何にか済まそうか。
 しかし自分の頭に冗談という言葉が出る辺り、大分綾を含めあのフラットの者達に影響を受けているようだ。勿論それは嫌ではないし、寧ろ嬉しい変化であるが。
 今も、彼処は自分と彼女のもうひとつの家なのだと、キールは思う。

「関係というか、僕個人の感情だけれど、」

 腕を組んで話す。綾の目は真っ直ぐにキールを見ている。其れを可愛いと思うが、口に出したら彼女は顔を真っ赤にすること受け合いだ。

「僕は……、」
「キールさんは?」

誤魔化すという行為がふと脳裏を過ぎったが、嘘はばれてしまう気がして、其の選択を捨てた。
 どうにでも、為ってしまえ。

「僕は君が好きだ」

「……え」

 だから、と。一言付け加えて、もう一度一字一句間違いなく言う。

「僕は君が好きだ。勿論、親友やフラットの彼らのようなものじゃない」

 しばし沈黙。
 したかと思えばみるみる真っ赤に為っていった。口をぱくぱくさせて、何が言いたげでしかし何も言えないよう。
 其の様子があまりに可愛くて、笑った。

「き、キールさん!?」
「僕の意見でいいと言ったのは君だよ?」
「そうですけど……!って、そういうことじゃなくて!!」
「じゃあ何かな?」
「えっと……その」

今度は俯いた。顔はどんどん赤くなるばかりで、そろそろ血圧を気にした方がいいのかもしれないとぼんやり考えた。

「アヤ」

 呼ぶとぴくりと反応し、本気で血圧の心配をしそうになるくらい真っ赤な顔を上げた。

「本当だよ。何度でも言う。僕は君が好きだ」
「……あんまり連発しないでください……」

 如何いう意味の反応であれ、悪くはなかった。綾は意を決したようにキールを見、その手を伸ばし抱きついてきた。突然のことだったけれど、キールは何とか彼女を受け止めた。

「……あ、アヤ?」

 流石に驚いて名を呼ぶと、綾は顔を俯かせたまま小さな声で答えた。


「嬉しい……」


 たった一言。全てが分かる言葉。多分、これ以上は彼女に望めまい。恥かしさで卒倒してしまうだろう。
 彼女をきちんと抱き締めると、キールは笑った。其れを聞いた綾もくすくす笑い出した。

( In my arm )


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