「眼鏡、使ってたんですね」

 しばらリーベ人の顔をじっと眺めていたリクトは、突然口を開いた。其の視線を全く気にせず雑誌に眼を落としていたリーベは、顔を上げて驚く。

「いきなり何?」

 眼鏡越しに見上げて、顔をしかめて言う。紫の大きな瞳は真っ直ぐにリクトを見ていて、正直少し緊張した。

「いや、いつも裸眼だし」

 リクトの知ってる範囲では、リーベはいつも裸眼であったはずだ。コンタクトという可能性もあるが、それならば今眼鏡をかける必要はなかっただろう。

「ボクこれでも近眼なんだ、知らなかった?」

 くす、と微笑みながら言う。リーベは彼の兄弟と同じく容姿端麗で何処か女性的だ。そんな者に微笑まれては、年頃の男性でなくとも顔は赤くなる。勿論、男女問わず。しかもリクトは年頃、更に彼のその手の笑顔に弱いところがあるから尚更だ。

「でも、仕事では掛けてないですよね」
「コンタクトだけど、眼が痛くなるから嫌」

 おそらく眼が痛くなるのは彼が不器用な所為もあるだろう。リーベは彼の二番目の銀髪の兄と比べても不器用だ。細かい作業などさせてしまってはさらに仕事が増えるだけ。料理なんてもってのほかだ。
 ふと思い出して、訊く。確か彼が眼鏡をかけているのは今日が見るのは初めてだ。問うてみると、

「仕事の帰りとかコンタクト入れたまんまだったし……、家でも本読むときしかかけないよ」
「じゃあ日常生活に支障はないんですね」
「うん、ちょっと見難いくらいかな?」

 パッと眼鏡を取ってみせる。本当に眼が悪いらしく、向かいに座るリクトの顔を見るのにも眼を細める。吸血鬼でも、視力が落ちることがあるのかと内心感心したような気持ちになった。
 しばらく、リクトをじっと見ていたかと想うと、突然不機嫌な顔になって眼鏡をかけた。

「リーベ?」
「なんでもない。ただ……」
「ただ?」

 促すと、彼は言うか言わないか迷っているらしく、しばらく口をもごもごさせたり、視線を彼方此方へ向けたりした。
 それから、口を尖らせて、小さな声で言った。


「リクトの顔が、よく見えない」


「……へ?」

 彼は顔を雑誌に隠した。それでも、其の顔が赤らめられていることはよく分かる。
 しかしそれをからかうほどの余裕も、喜ぶほどの余裕も、リクトにはなく、ただ同じように頬を染めるだけだった。

( レンズ越しに見る方が )


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