「―――なんてこった」

 つい口に出しちまったが、聞いている奴は誰もいない。いないからこそそんな事態になれたんだが。
 ああくそっ、止まる気配が無えぞこれ。如何したらいいんだ?誰か教えてくれ。本当に止まったら何か奢ってやる。
 顔をあげて鏡を見ると、とんでもない顔をした俺が居た。添えた手は震えているし、目元は真っ赤だし、ああまた溜まってきてるぞ。思った傍からまた零れたじゃねえか。なんでこんなシステムになってんだ、人間ってのは。
 全く、なんでこんなことになってるんだ俺は。全くびっくりだ。驚きの境地だ。
 男は泣いちゃイケマセン、なんて今時言えば、一部からやれ男女差別だやれジェンダーが如何だとかのブーイングを、確実に受ける破目になるんだが、んなこといったって、泣いてる男っつーのはやっぱり、あんまり見てて気持ちいいもんじゃない。そんなものを見れば、何処かで「ああ情け無い」と思うもんだ。自分でそうなんだから、他人からの目線なんて考えたくも無い。ブーイング事態には大賛成だ。誰だって何かが切欠で意識せずに涙が出ることぐらいあるだろ。現時点の俺が今其れだ。理由は聞くな、それこそなっさけない理由だからだ。俺にもいっちょまえにプライドなんつーものがある。
 誰も居ないトイレで鏡と睨み合いしたり俯いたり、結構時間が立っているんだが、止まる気配が一向に無い。ぼろぼろぼろぼろ遠慮が無い。ちくしょう、なんで涙腺は自由自在に働かないんだ。役者じゃなくても、自分の体なんだから、止まらせられたっていいだろうが。
 しかし酷い顔だ。ぐずぐずになってやがる。自分の顔じゃなかったら笑ってやるんだが、いや自分の顔だから笑えるのか?他人様は流石に失礼だからな。

「……はあ」

 溜息を声に出した。でもどうにもならない。
 さっきまで居た部室を思い出す。朝比奈さんが淹れてくれたお茶も、もう冷めているだろう。大失敗だ。そろそろハルヒが訝って、誰かを探しにやるかもしれない。行く先は告げちまったから、此処に俺を探しに来れるのは、SOS団で一人しかいない。

 ―――考える必要も無く、古泉だ。

 最悪のパターンだ。泣いている理由が泣いている俺を探しに来るなんて。
 鏡の中の俺は、苦虫でも噛んだみたいな顔で、涙を乱暴に拭った。

( Whose effect tears )


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