「そういや。お前、」
「もふ?」
「なんで弁護士なったんだ?」

 咥えていた饅頭を噛み切って、きちんと噛んで、味わって、飲み込んで。ぐぐっと熱い茶を喉に流してから、は隣で同じように饅頭を食べる矢張を見た。黒い黒い瞳がじっと彼を見詰める。何が言いたい、と言いたげに。

「こ、怖い顔するなよな」
「……ハリーがそんなことを聞くなんて、珍しいね」

 冷たい風がさっとの髪を揺らして、湖の向こうへ通り過ぎて行った。まるで其の風を追う様な目線に、少しだけ昔を思い出す。こいつは、昔から、そうだった。何も無いところを見てるかと思ったら、不意に、風が通ったねと笑う。何を言いもしなくても、そう笑うことは止めない。

「いっつも女の尻追っかけて、大して私のことなんて振り返らなかったのに」
「お、もしかして、嫉妬か?あーでも、残念だが俺には心に決めた女が」
「何を馬鹿な」
「真顔で言わなくたっていいだろ!!」

 矢張が声を荒げると、からからとは笑った。人を発情期の犬猫のように言っておいて、失礼な。
 第一、矢張にも言い分がある。振り返るも何も、自分達は、結構、一緒にいたのだ。中学を卒業する其の日まで、ずっと一緒で、変わったこともあったけれど、過ごした日々があったのは確かだ。振り返らなかったのに、と言うが、まず自身、そんなに自分に傾倒してしたとは思えない。

「何言ってるの、そんなことないわよ」
「そうかぁ?大抵成歩堂か御剣だろー?」
「妬いてるのは、ハリーの方なんじゃないの?」
「何言ってんだ、俺には心に決めた奴がだなあ」
「はいはい、何人目?」
「……過去にこだわってちゃ駄目だ、!」
「あそ。じゃあ、私の理由も要らないわね」

 空になった紙コップを持って、コートを翻し、三歩歩いてゴミ箱に捨てた。それだけのはずなのに、はすぐには振り返らず、じぃっと、居もしないヒョッシーでも探してるのかと聞きたくなるくらい真剣に、湖を見詰めていた。

「たいした理由は無いよ」

 矢張が声を掛けようかとするその一瞬前に、が言った。

「私は、君と違って女々しくて、昔を振り返りたがるから。忘れたくなかったし、一生逢わずにいるなんて、嫌だったの」
「――」
「ハリーが振り返らないのは、きっと

 ―――君が強くも弱くも無いからよ。

 思い出さなきゃいけないほど弱くも無いけど、忘れずにいるほど強くも無いのよ」

 そゆとこ、好きよ。

「……ちょっと待て、それは褒めて無いだろ!」
「ちっ、騙されなかったか。いつもは乗るくせに!」

 原因はお前だ、と言ってはやらなかった。
 あんまり寂しそうな顔で言うからだ。
 なんて、言ってしまえば、また悲しい顔するに決まってる。

「まあ、とにかく、あれだ」
「とにかく、なに?」
「とのさまんじゅうでも食ってろ。おごっちゃる」

 押し付けた六個入りパックを見て、甘いものに目が無いは子供のように笑った。

(might and delicate)


back