「そろそろ休憩にしましょうか」
お腹も空きましたしね。と続けるジェイドの声を聞く前に、ルークはドサ、と音を立てて草の上に寝転んだ。 朝からの歩き詰めで疲れた、というわけではないけれど、休憩を取ることになったのならだらだら体を休めるのが一番だ。ガイの苦笑やナタリアの小言が聞こえるけれど、無視しておく。
日差しが眩しい。直視できるわけがないので、眼を閉じる。今日は食事当番でもなければ、今日の当番であるアニスに手伝えといわれた訳でもないので、のんびり出来る。まあすぐにでも薪集めには行くのだけれど。
「ご主人様、まったりですのー」
「ああ、なんか久々にのんびりする気がするな……」
「のんびりですのー、まったりですのー」
「……ちょっとうるさいな、お前」
「みゅううぅぅぅ」
「あんまりミュウを虐めないの、ルーク」
瞼を上げて、声の主を確認する。予想通り、其処に居たのはティアだった。亜麻色の髪が肩から滑り落ちて、ルークの顔のすぐ傍で揺れる。
叱咤するような言葉であっても、彼女の声も表情も、やわらかい其れだった。
「ティア」
呼び掛ける。意味も無いそれだから、彼女も返事をしたりしない。ティアは無言で寝転がったままのルークの隣に腰を下ろした。
声を掛けたからには何がしかの用があるのだろうけれど、彼女はしばらく此方を見ずに俯いて、話し難そうにしている。寝転がったままのルークの位置からは、長い髪に隠れて見えない。
どうかしたのか、とミュウと伴に促してみると、それでティアは躊躇いがちにルークに顔を向けて口を開いた。
「その…………、さっきは、ありがとう」
「……! なんだよいきなり」
「助けてくれたわ」
「ご主人様、大活躍ですのー」
「…………。 え、詠唱中だったし、当然だろ。だいたいお前がそうしろって今まで散々言ってたじゃねえか」
まさか礼を言われるとは思っても無かったので、ものすごく恥かしい気がしてきた。
心なしか、彼女も照れているようにも見える。のだが、ルークに其れに気づく余裕があるわけでもない。
「それは、確かにそうだけど、……でも、ありがとう」
「…………」
何を如何して、自分はこんなに彼女に礼を言われることを恥かしがっているのかわからない。
けれど。
心地好い、気は、する。
何も返す言葉がなくなってしまって、ルークは黙って、此方を見ないティアを見る。ティアが其れに気づいているのかどうかはわからないけれど、同じように沈黙していた。ミュウですら、黙っている。
この空気。
どうしてだろう。
たまらなく、心地好い。
―――幸せ、なのかな。
日差しを受ける彼女の亜麻色の髪は、少し透けているようにも見える。密度の高すぎないサラサラした髪。
触れてみたい、と思うけれど。そうするには、あまりにも、
「…… 」
「え? 何か言った?」
「……な、なんでもねえよ!」
無意識に呟いた言葉に、彼女は敏感に反応した。完全に聞き取られていないことに本気で感謝する。
振り向いたティアに自分の顔を見られないように寝返りを打つ。彼女が不思議そうにミュウと語らうのが聞こえて、深く追求されなかったことに安堵する。
そのこと自体は、ずっと前から、其れこそ最初の頃から思っていた。
其れだけじゃない。声も、表情も、彼女の生き方すらも。
ただ、それを口に出してしまったなんて、
綺麗だな、なんて本人の前で無条件に言ってしまったなんて。
( そんなこと、誰にも言えない )
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