「マーガレットだー」

 突然嬉しそうにそう言い、は僕の隣からすぐにその白い花の咲く花壇へ向かった。駆け出して行った彼女に追いつく為、先程と同じペースを崩さないまま彼女の傍へ向かう。
 追いついてからの顔を覗くと、嬉しそうに笑っていた。ぱ、と顔を輝かせ、

「見て見てゼット、天道虫ー」

 と花―――に乗っている小さな虫を指差す。微笑んで同意すると、音もなく天道虫は飛び立った。なんだ、僕が嫌いか。まあ元がもとだからしょうがないのかな、この場合。

「好きなの?」
「えっと、どっちが?」

 マーガレット?天道虫? とは首を傾げる。勿論僕の言葉が足りなかった所為だけれど、その問いはなんだか可笑しくて、ちょっと笑ってしまった。はちょっとむくれた。僕は軽く謝ってから、答える

「マーガレットが、って意味だよ」
「うーん、好きといえば好きだけど、マーガレットがって言うか、こんな感じの白くて素朴な花が好きなの」
「如何して?」

 理由を問うと、は不思議そうな顔をして固まった。きょとん、という感じ。それから眼を泳がせて、

「うーんと……、如何してだろう?」

 とまあ、予想外のことを呟いた。
 今更だけど、この子、やっぱり何処か抜けてる。

「そんな顔しないでよ、覚えてないんだから」

 またむくれた。かと思いきや、すぐに何か閃いた顔になって、「そうだ!」と声を上げる。お約束だが、其の両手はパン、と音を立てて叩かれた。

「昔ー……此処にいなかった頃、本当に小さかった頃だと思うけど……、そう、誰かが、くれたの。……誰だったかなー? で、その人が、……あ」
「如何したの、続きは?」

 さっと口元を隠して、は露骨に「失敗した!」って顔。分かり易過ぎる。
 促すと、少し唸ってから、溜息。多分「失敗したー」とか「やっちゃったー」とか思っているんだろう。

「秘密!」
「え?」
「秘密ったら秘密なの」
「其処まで言っておいて、それはないんじゃない?」
「だって、誰にも言えないんだもん」
「は?」
「その、白い花くれた人が、「誰にも言っちゃいけないよ」って言ったの!」

 だから秘密!
 と断言して、は歩き出した。言い出したら聞かない子だから、これ以上追求しても無意味だろう。ていうか、ほとんど話聞いたようなものだけれど。
 白い花。
 物思いに耽ったまま彼女の隣に追いつく。
 何処かで聞いた話のような、
 って、ああそうか。

「成る程ね」

 気障なことしてくれるなあ。アイツってば。

「何が?」
に其の白い花くれたひと、わかったよ」
「え、嘘?」
「僕が嘘吐きに見える?」

 と言ったら、即刻首肯が帰ってきた。失礼な。僕は嘘を吐くのではなく、嘘を吐かずに騙すだけだ。刹那に「余計性質が悪い」と言われたけれど。

「そんなこというの、ってば。ならいいよ、教えない」
「え、あ、嘘嘘!ごめんごめん、今のなし!」
「僕のこと信用するの、嘘吐きなのに」
「だからごめんってば、ごめんなさい!」
「いーや、もう絶対教えない」
「ゼットー!」

 その後も、彼女は食い下がってくるのだけれど。
 僕は絶対教えてやらなかった。


 昔聞いた話だ。
 誰かさんたちのお父さんが、誰かさんのお母さんが好きだった花を、誰かさんのお母さんのお墓に飾りに言ったときの話。
 其の誰かさんたちのお父さんは、道の途中で泣きじゃくる青い髪の子供を見つけたとか。
 自分の子と同じ歳ぐらいだから、ただでさえ人―――悪魔だけど―――が良いのに重なって放っておけなくて、とにかく泣き止まそうとしたらしい。
 手にしていた花を、其の子に渡すと、其の子は嬉しそうに笑ったとか何とか。
 妬けるじゃないか。
 ねえ、大魔王さん。

( 君に捧げる、そんな白い花 )


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