日曜の街は人通りが多く、まさに雑踏。足の踏み場も無いとは言わないが、うっかりしていたら足を踏まれるぐらいはあるかもしれない。自分でも下らないなあと思いつつ、成歩堂は数歩前を行く真宵と春美の後ろを、と並んで歩いた。
 あんなのでも一応年頃なんだなあ、と今日一日連れまわされて思う。トノサマンにしか興味が無いのでは、とうすうす感じ始めていたところに、からの今日の提案。今までそんなこと一言たりとも言ったことがなかったのに、真宵は嬉々として乗った。やっぱり女の子だ。こうやって街を練り歩き買い物をするのが、嫌いな訳無い。ただ、一緒に連れてきた春美は、あまりの人込みに呑まれ気味なのが心配だけど。

「かわいい!ねえ、はみちゃん、入ってみよっか!」
「はい、わたくしも見てみたいです!」

 後ろの成歩堂との意見も聞かず入ったのは、雑貨屋だった。続いて入ると、落ち着いた、静かな雰囲気の其処は、何処か甘い匂いがして、男が来るものではないと心底思った。

「確かに、男が来るとこじゃないね」
「もういいよ。今日一日で、随分慣れた」

 言うと、はからからと笑った。今日一日入った店は何処も、男が一人で来るところでなかった。片隅に置いて行かれると、ものすごい羞恥が襲い掛かってくるような、何故か謝りたくなるような、そんな甘じょっぱい気持ちになった。が隣にいなかったら店の外で待っていただろう。今日一緒で本当に良かったと思った。

「あ。見て見て、なる。マトリョーシカだよ」
「?まとりょーしか?」

 聞きなれない言葉に首を傾げると、が「これ!」と言って妙に濃い顔の寸胴な人形を示した。青い其れはじっと成歩堂を見詰め返してきて、正直、怖い。白目を剥いた御剣よりはましかなあ、と思っていると。

「全然関係ないこと考えているでしょ?」

 図星だった。

「そんなことないよっ!」
「うそ。なるって嘘は得意なくせに、アドリブ効かないから、図星つくとすぐにわかるの」
「うう……すっごく矛盾を感じる」
「法廷でもそれくらい感じなさい」
「……はい」

 にやり、とお説教されてしまった。

「マトリョーシカ、知らない?ロシアの人形なんだけど――」

 こうするとね。とは其の人形の頭をひょいと取り上げる。綺麗に上半身と下半身―――といっていいものか―――に分かれた其れの中には、同じ顔の其れが、当たり前のように鎮座していた。

「怖い」
「か、顔はデザインの問題だから。―――入れ子になってるのよ、これ。中のがどんどん小さくなってるの」

 幾つ入るんだろう、と思って、の持っている其れの隣にあった白いマトリョーシカをとって開けてみると、とんでもない小ささまで行き着いたので、職人技だ、と感心してしまった。

「ね、ね、かわいーでしょ?私これ好きなんだー」

 少女のように笑う。へえ、一言で済むところのはずなのに、この歪な顔が一杯並ぶ様を先ほど見てしまったため、少々悪趣味だ、と思ってしまい、口に出してしまった。怒られた。
 しかし、この顔の濃さならば、同じ入れ子のだるまの方がまだ可愛いと思うのは、日本人の下らないプライドだろうか。

「……買おうかな」
「……ちょっと待った。手に持ってる両方買うの?」
「うん」
「何で二つも買うんだよ」

 いつの間にか、の手には、青と白が両方取られていた。何でまた、ただでさえ並ぶと怖い人形群を、二つセットで買う必要があるのか。
 問うと、うー、とが唸って、凄く言い難そうな顔をした。それから、「まあいいかな」と呟いて、いつもの開き直った顔してから。

「ええっと、……こっちは青、こっちは白でしょ?」
「うん、それが?」
「青の大きいのに、ちっさい白入れたいなあって」
「いや、見えないから、わからないんじゃないか?其れ」
「……あーもう、なるはわかってないなあ!」

 そう憤慨されても、何を意味するのかさっぱりわからないので、なんともかんともな気分だった。ぷんすか、と漫画みたいな効果音でも出そうな、レジに向かうの背中を見ると、昔一度だけ、ものすごい喧嘩をして怒らせた時があったと思い出した。ああ、確か、の白のワンピースを泥で汚してちゃって。

 は昔から白が好きで、服にも白が多いし、法廷に着るスーツだって白が基調だ。
 汚れるよって言っても聞きやしない。……実際、昔汚したし、僕が。

 白、の好きな色。
 手にしていたマトリョーシカも、白だ。
 ……あれ、もしかして、
 さっきのマトリョーシカの話。

 ――― 青の大きいのに、ちっさい白入れたいなあって

「うわあ……」

 ときどき、本当に、時々。ありえないぐらい可愛くなる、彼女が少し恨めしい。
 青に白を入れるって……。

「僕の色、だよな?青って」

 実際今も青い服着てるしホラなんていうのていうか何その不意打ちってちょっと困るんですけどいつもはあんなドライなくせに時々生まれ変わったようにそんなことあああもうどうなんだ本当のところ、

「……何一人でブツブツ言ってるの、なる」

 覗き込んできたに驚いて、身を引く。の手には紙袋。例の青と白のマトリョーシカを購入したんだろう。大事そうに持っている。

「いや、……さっきの話」
「? 何の話?」
「マトリョーシカの、話」
「……ああ、」

 やっとわかったのね、とは笑って。

「だって、龍一に抱き締められると、とってもあったかいのよ」

 さらりと。
 言われてしまった方は、たまったもんではなかった。

( 揃いの色 )


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