帰ってくると時間は深夜。流石に働き過ぎかと御剣は思った。定時はとっくに過ぎていたし、いつもなら既にベッドでまどろんでいる時間だ。これしきで倒れる程体力が無いわけでは無いけれど、疲れることは疲れる。もうこのまま寝てしまおう、そう思って、明かりを付けると、ソファにメモを一つ見つけた。本当なら気にせず放っておくものの、如何してだか気になってしまって手に取ったのだ。

 『ごめん ベッドかりる』

「……」

 何処にも名前らしきものはなかったけれど、筆跡でわかった。の文字。走り書きだけれど、彼女のものだとわかる其れ。一瞬其れの意味するところが理解できず、思考が停止した。動き出した脳の命令のままに寝室に向かうとベッド脇のスタンドライトが、ひっそりとぼんやりと、点いていた。
 そして、当たり前のように、が御剣のベッドで寝ていた。

 ……何故。

 彼女が勝手に家に居る事なんて既に当たり前で、互いに同じ事件を担当しない限りはいつでも起こり得ることではあるが、勝手にベッドで寝ているなんてことは、無い。
 当のは熟睡で、丸まって布団にしがみ付くかのようだった。其の姿は常日頃のまま、つまりスーツの、ジャケットを脱いだだけの其れで、眠りにくくは無いかと思うけれど。
 御剣としては、仮にも男が住んでいる家なのだから、そういう、無防備過ぎる寝姿はどうかと思う。
 常々感じるが、もしかしたらは自分のことを男として認識していないのかもしれない。この状況になれば、其処に便乗しない男はあるいは子供で、あるいはとんでもないお人よしで、あるいはとんでもない臆病者だろう。御剣は自身を其のどれとも思って無いけれど、しかしはあまりに無防備すぎて、御剣も疲れ切っていたから、起こす気も何をする気にもならなかった。
 とりあえず、彼女を起こすのも面倒だ。ベッドで眠るのは諦めよう。
 けれど、あまりにも安らかな寝顔は、御剣が手を伸ばすのに十分な理由に為り得て。脇に手をついて、そっと触れた。
 すると気づく。また、彼女の脇には、小さなメモ。
 今度は何を、と思って其れを取ると、それはまた唐突なことが書いてあって。

「……何を考えてるんだ、君は」

 『できればとなりでねて』

 小さく呼吸を繰り返すの寝顔に、そう呟かずには居られなかった。
 はあ、と溜息一つ。
 色んなことが面倒くさくなって、ぐっすり眠るに逆らう気持ちすら起こらなくて、堅苦しいスーツを着替えてから、彼女の隣に横になった。
 男の性という其れが湧くのに少々不安を覚えたけれど、まるで待ち構えていたかのように擦り寄ってきたを抱き締めると、そんなことは如何でも良くなった。おそらく手を出したところで彼女は全く気にしないのだろうし、手を出す事を責める良心の呵責だとかそのようなものは全く無かったけれど、ただただ彼女の傍で眠りたかった。
 ほんの少しだけ香る彼女の香りが心地好くて。

「……」

 髪の掛かった額に唇を寄せて。
 御剣は、そのまま、眠った。




「あ、起きた」

 ふ、と目が覚めると、が覗き込んでいた。いつの間にか、腕の中から抜け出していたらしい。もう少し早く起きて寝顔を眺めて居ればよかった。

「おはよう」
「ああ……、おはよう」

 応えるとは優しく笑って、なんとも満足そうだった。けして彼女が笑うことが珍しい、というわけではないけれど、そんなに幸せそうな顔で微笑まれると、不思議でたまらなかった。だから問うと、

「だって、起きたらみったんがいたんだもの」
「君が書いていただろう。隣で寝ろと」
「失礼ね、命令形じゃない」
「君が言うと、大して変わらないと思うが」
「そうだけど……」

 其処で切れてしまった会話に御剣は溜息を吐いて、は起き上がった御剣の隣に座った。
 それから、思いついたように口を開く。

「あ、うん。勝手に居たのは、ごめんね。逢いたかったんだ」
「……。何故ベッドに?」
「眠かったし、みったん帰ってこないし。それに、」
「……なんだ?」
「みったんの匂いがするなあって思ってたら、ふっと意識なくなってて。それに気づいてから、リビングにわかるようにメモ置いて、んでベッドに入ってからどうせならってもう一枚」
「……」
「うわそんな顔で溜息吐かないでよ」

 どんな顔をしていたか御剣が知ったことでは無いけれど。ふと時計を見ると、時間はいつもの起床時間と随分違っていた。、こんな時間まで彼女がこうしているということは、どうやらも今日は休暇らしい。丁度良い。


「ん?っと、ぅあ?」

 の腕を引いて、もう一眠りすることにした。

( そうやって過ごすのも悪くない )


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