多分、皆わかってたんだと思う。
そうすることが、一番良くて、一番楽で、
でも少し、寂しくて、悲しくて、
泣く事を惜しんでしまうくらい、爽やかで柔らかい、
そんな別れだということを。
「アッス君はこれから如何するの?」
アコースティックギターの弦を全て確認して、箱にしまったスマイルが訊く。お茶の片付けをしていた手を止めず、答えた。
「特別何も考えてないっスけど……」
まあ、しばらくは貯金崩して生きてきますよ。そう言って微笑むと、スマイルは「らしいや」と笑った。見えなかったけれど、ユーリも笑ったんだろう。小さな声が聞こえた。
「スマは如何するんスか?」
「昔みたいにギター持ってフラフラするよ。また気まぐれな誰かが拾ってくれるかも知んないしネ」
暗にユーリの事を言っているのがわかって、聞こえないように笑った。でもユーリはやっぱり耳聡かった。
「聞こえているぞ馬鹿犬」
「……馬鹿犬って言うのやめてくれません?」
俺の言い分はまったく届かなかったらしく、返事はなかった。
まったく。この人は、最初から最後までこれを止める気は無いらしい。困った人だと思うが、それも今更で、どうしようもないこの人である事実なんだろう。
「お前、アレは如何するつもりだ?」
あからさまに嫌な顔をしてユーリは言った。「アレ」が何を指しているのかすぐにわかって、吹き出してしまった。
「持ってはいけないもん。置いてくよ」
「粗大ゴミを捨てる準備をしろアッシュ」
「ちょ、待って待って!捨てないでボクのギャンブラー!!!」
「じゃあ持って行け」
「無理だって!良いでしょ想い出だよ!!」
「お前のな」
やり取りを苦笑いしながら傍観していると、スマイルが救いを求めるような眼を向けてきた。放っておくのは可哀想過ぎる。
「まあ、ユーリだって、見たらスマイル思い出すでしょう?」
「思い出すから困るんだろうが」
しれっ、と言いのけるが、確かに、と同感する。
終わろうとしている時を、終わっていく時を、終わってしまったひとつの軌跡を、思い出すのは辛いんだと思う。
ユーリは一番それを知ってるから。俺にはわからないくらい、きっと。
「思い出すから、置いていくんだよ」
ユーリが二度寝してもボクの事忘れないようにね。
笑いながらスマイルが言った。ユーリは眼を見開いて、すぐ笑った。
見慣れた、ユーリらしい微笑み方だった。
もう傍で見れないと思うと、少し寂しいと思う。
「じゃあ、ボク行くね」
「もう行くんスか?」
「うん。長居したら、そのうち出られなく為っちゃいそうだから」
多分、半分は本心だったんだと思う。いつでも笑みを絶やさないヒトだったけど、最後の最後までそうだった。
気まぐれで、フラフラしてて、嘘か本当かわからなくて。
まるで猫のようだと、ユーリが笑っていたことをふと思い出して、納得した。
「またね」
「ああ」
「はい」
短い、けれどそれで十分な言葉を交わした。
其れは俺達の在り方の変化で、
『Deuil』という一つの通過点を通り過ぎた証で、
一緒に生きた世界の終わりなんだと、
皆、わかっていた。
だから、涙とか、悲しみとか、寂しさとか
在ったとしても、出す必要も、出す気もなかった。
この終わりを、そんなもので彩る気にはなれなくて、
質素で簡潔で、あくまでも清冽なものとして終わらせようと、
口に出さずに、でも分かり合っていた。
だからこそ、俺達はこんなにも
いい仲間で、居られたんだと思う。
完全に解り切っていることなんて、多分数える程しか互いの、
それでも、それが終わりだった。
( 心地好かった世界の終わり )
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