「あづー」

 夏である。
 イコール、暑い。
 んなの当たり前だ。何言ってんだ。とか思う人が大勢いると思うけど、とにかく愚痴らずに居られないほど、今、猛烈に、暑い。我慢できないんだからしょうがない。うん。

「黙れ」
「あーづーいー」
「…………」
「あつい……」

 勿論、俺だってこんなに暑さに弱いわけじゃない。いつもなら熱帯夜だろうが平然としていられる。
 でもそれにはあるものが必要であって。まずそれの話から始めなきゃいけない。

「あづー……」
「いい加減うるせえんだよ!」
「だってあちぃんだもん。誰の所為だと思ってるんだよ……」
「……っ」

 そういわれると、何も言えなくなってしまうアッシュは珍しく可愛いと思う。いつもあいつが優勢だから、こういうときにイジメとかないとバランス悪い。主に俺が。
 というわけで。
 今のこの暑さは、アッシュの所為ってわけ。
 どういうわけかというと、冷房を付ける前に「一年使ってねえんだから掃除したほうがいいんじゃねえのか」とか如何とか言い出して、んなこと俺に言われてもさっぱりなので、アッシュが掃除したら、そのまま動かなくなってしまった。
 それが今日の昼過ぎ。今は夜。
 勿論、すぐに電器屋に連絡した。したら看に来てくれるのは明日になってしまった。
 つまりは、今日一日はこのくそ暑いコンクリートジャングルの一角ともいえる辺りのくそ暑い家で過ごさなければならないわけで。
 だらだらだらだらアッシュの部屋で弱々しく皮肉やら嫌味やらを言いながら、過ごしているわけだった。
 この家に扇風機なんていうものは俺達其々の部屋に一台ずつしかないということを明記しておく。さらに言うなら、一応金持ちなファブレ家、の子息の家。私室にも其々冷房があったりするのだが、倹約家なアッシュと、ファブレの家にかなりの負い目を感じている俺は、寝る時の三・四時間しかつけないことにしている。
 そういうわけで、この時間―――七時半ぐらいだな。―――につけられる冷房は破壊済み?の居間の一台だけである。
 扇風機一台っていうのは、机に向かって勉学に励んでいるアッシュと、その脇の寝台でだらだらしている俺を涼ましてくれるには不十分すぎる風だ。たとえ俺がこの暑さをおして部屋からもう一台持ってきたところで、あんまり変わんねえに違いない。絶対。

「だいたい暑いなら自分の部屋に行きやがれ」
「……一人でいたって暑いし詰まんねーよ」
「扇風機は独り占めできるだろ。暑さは解消できる。ついでに勉強でもして来いこの補習尽くしが」
「きょ、去年より減ったっつーの!!」

 これでも頑張ってんだぞ。去年は保健体育以外全部だったけど、今年はなんと古典と英語と物理だけだい!
 …………十分悲しい気がするのは気のせいだよな。

「だいたいこんな暑くって、お前よく勉強する気になるな。アッシュ補習とかないんだろ?」
「お前と違ってな」
「むー……」

 あれ、なんかおかしいぞ。アッシュが優勢になってる。数少ない機会すら奪われてどうするんだ俺!バランス崩れすぎだぞ!
 それでもそろそろ暑い暑い言っているとアッシュがマジギレしそうなので、大人しくうだうだ唸っておこう。十分うざいかも。

「あづー……」
――
「わっ??」

 本当に痺れを切らしたのか、アッシュが立ち上がった。其れを視線だけで追っていると、なにやら白いものを投げつけられた。
 それは白いシャツで、あまりの暑さに、アッシュの部屋に入った時に脱ぎ捨てたやつだ。ちなみに俺は今タンクトップ姿。
 なんだろ、着ろってことかな。勝手に解釈して其れを着る。

「行くぞ」
「は、何処に?」
「飯食いにだ」
「なんで?」
「隣でうだうだされちゃ作る気も起きねえんだよ―――暑いしな」

 さっきも言ったけど、アッシュは倹約家だ。外でなんて俺が此処に転がり込んでから一度も無い。つまり初めて。
 びっくりしてぼーっとアッシュを見ていると、アッシュは財布を出して中身を確認する。やっぱり倹約家。つか守銭奴か?
 其のアッシュが小さく「二人なら平気か」と呟いたのが聞こえて、俺はまたびっくりした。

「…………アッシュ、もしかして奢ってくれんの?」
「――」

 それはあれか。冷房壊しちまったことへの謝罪か。あのアッシュが俺に謝ってるってことなのか。
 あのアッシュが。俺に。
 うわ、俺今すっげにやけてるんだろうな。すっげえ嬉しい。ていうか愉快。
 あのアッシュが、俺に。

「なんだその面は」
「べっつにぃー。早く行こうぜ、言われたら腹減ってきた。あ、俺財布持たないからな!」
「なっ、誰も奢るなんて行ってねえだろうが!」
「でも奢ってくれるんだろ?」
「――」
「何食べよっか。俺ロールキャベツ食べたいな」
「このくそ暑いのにか」
「どうせ店のなかはガンガンに寒いんだから、それくらいでいいんだよ多分」
「はぁ……いいから行くぞ」
「おー!」

( 暑い夜も悪くは無いかも )


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