何度繰り返せば気が済むのかと問いたくなるほどの回数を、この馬鹿はそうやって過ごしている。微かに繋がり得る意識から伝わる、拙い、雑音だらけの奴の声は、何度聞いても放っておくには到底幼くひ弱な其れだから、自分も体外甘やかせ過ぎだと思う。
「如何してきてくれたんだ?」
「……お前が煩いからだ」
溜息混じりに答えれば、今にも泣きそうな情けない其れだった表情を、奴らしいとも形容出来得る程しかし歳相応には到底感じ得ない驚愕の色に変える。以前に話した、この回線の話でも思い出しているのだろう。確認の為だろう問われたその言葉に応えながら、寝台に座る奴の傍に寄る。見下ろすとすぐに奴の赤い髪が見える。
これ以上は、近寄れない。言葉を掛けてはいけない。それでは本当に、ただの甘やかしだ。
そこまで甘やかしてしまえば、きっと俺は駄目になる。
こいつが其れを理解しているかどうかは定かではないが、それでもそこで動き出す。俺が出すのは、切欠だけだ。それ以上は、待つしかない。
この距離は、ほんの少しもどかしいけれど。
「なんかさ、目が覚めると、真っ暗じゃん?」
此方の心情が果たして理解しているのかどうか、ポツリと零すように話し出した。其の声も、弱々しくて、日頃と同じ人間とは思えない。
「当たり前だ。夜だぞ」
「うん。……でも、目が覚めるときって、いっつも新月なんだ。だから、真っ暗。暗いのが怖いわけじゃないんだけど、やっぱり怖くってさ」
ぎゅ、とシーツを引き寄せて、ルークは膝を抱いた。子供のようなそれに、いつもならそうそうしないような、髪を撫でるなんて行為に及んだ。漸く肩を超えた綺麗な夕陽色の髪は、さらさらと指を滑りながらくすぐっていく。本音を口になどしたことはないが。
「いろいろ思い出すからだと思うんだけど」
膝を抱く子供というのは、如何に気丈に振舞っていても、いやそれ程に庇護欲を煽るものだと、最近理解した。それ程に弱く見えるものだった。
そう、今にも、泣き出してしまいそうな。
「俺が殺した人達も、真っ暗な中で死んだのかな、とか」
「俺が斬った人達も、真っ暗な中に落ちていったのかな、とか」
「俺が奪った沢山の命は、暗い中に居たりするんじゃないか、とか」
「俺はこうしてて、いいのかなって、思っちまう」
「……」
あの頃思った苛立ちとは違う。卑屈だとか、そんなものではない。
おそらく、無性に。
泣きたくなるのだろうと。思う。
だからこれは、きっと同情なんていう、生温い感情。
「家に帰れて、父上も、母上も、屋敷の皆「おかえり」って笑ってくれて、俺の為に泣いてる奴もいて、俺には俺の場所がちゃんと在って」
そこで、一度言葉が切れて。
「アッシュも近くに居てくれて。……俺、こんなにしあわせで、いいのかなって、思、って」
そんな言葉を続けた。
柄にもなく、嬉しいと思う。
そんな場合ではないことも、解ってはいるのだが。
「……馬鹿が」
「うん。……俺、やっぱ馬鹿だよな……、こんな、の、意味無い、てわかってるんだけど」
手を伸ばしてくる。ゆっくりと俺の背に回された其れは、あまりに弱い力で、其の弱さに恐怖して、俺がルークを引き寄せるに十分な要素となり得た。
それに驚くこともせず、ルークは緩やかに俺の胸に顔を押し付ける。其の動作、真実子供のような。
「ごめん」
「……何がだ」
「わかんねえよ、そんなこと。……でも、」
「わかってる」
一度だけ訊くと、少しだけ強い声で返って来る。其の声もすぐ弱くなって、其の先を取り上げるように俺は言った。
知っている。
何に謝りたいとか、何を謝りたいとか、何もない。
ただ無性に、そうしなくてはいけないと駆られているのだろう。
「ごめん」
「ああ」
「ごめんなさい」
「……ああ」
「ごめんなさい、ごめんな、さい……っ」
息を呑むような声が聞こえた。最早嗚咽。抱き締めるに十分な其れは、またルークが泣き疲れて眠るまで、続くのだろうと確信させられる。
何度思い、そして無力さに唇を噛んだことだろう。
結局、俺が何を許しまた何を愛しく思い何を抱き締めたところで、今この腕の中にいる、未だ十にも満たぬ生涯の中でその幼い手を血と涙で汚してしまったルークの涙を拭うことも、まして其れを止めることなど出来るわけがないのだ。
忘れたくても忘れられない重みを背負って生きることを、生まれながらに強いられたルークに、どんな言葉もどんな行為も軽くしてやることなど出来るわけがないのだから。
生まれられたことで害されることとなった俺自身がその罪を許し忘れたところで。
生まれたことで害することとなってしまったこの優しき咎人は、何度も何度も、贖罪の言葉を口にしては、誰よりも自身が其れを許せずに、涙するのだ。
傍に寄ることで、少しでも気が済むのなら、いくらでも。
( 忘れえぬ罪を想い、拭えぬ涙に苛立つ )
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