ぺたぺたぺたぺた。
「――」
「おー」
ぐっ、ぐぐ
「――」
「わ、すごい」
ぺたぺたぺたぺたぺたぺた ぎゅ
「痛っ!!」
「あ、やっぱり?」
悪戯がバレた子供みたいに―――というか、実際悪戯したのだが―――は笑った。響也は恨み辛みがこれでもかと篭もった視線にも負けず、いや全く気にせずに、嬉しそうに、にっこりと。
「何するんだい」
「いやあ、弟君てば、いい身体してるからつい」
「つい、で抓らないで欲しいな。全く……」
「痛かった?」
「当たり前だよ」
ああ、つくづく想う。
という人間について。
如何して彼女はこうも自分のペースを崩さずに居られるのだろうか。それはつまり周囲の人間のペースがこれでもかと乱される。もともと人のペースを乱す側な響也にしてみれば、慣れぬのもあって、非常に宜しくない。ものすごく宜しくない。
「私の周囲にはね、あんまりいないのよ」
「何が?」
「弟君みたいに、しなやかに筋肉ついてるタイプ?」
如何して疑問系なんだ。とでも突っ込んでみるべきだったかもしれないが、おそらくは聞く耳を持たないだろう。それで聞くタイプならば、響也はこんなに苦労していない。
「ガタイのいい奴はいるけどねえ。こう……「筋肉!」つったらいないんだ。私もそんなついてるわけじゃないし」
「君の腕は、どちらかというと華奢なんじゃないかな」
「うーん。「どちらかというと」、が無かったら抱きついてちゅーしてあげたな。三十五点」
それは残念。
「話戻すけど。だからね、なんというか、新鮮なんだよねえ」
ぺたぺたぺたぺた。
ぺたぺたぺたぺた。
そこらじゅう、ぺたぺた。
「セクハラだと思うんだけど」
「そんなこと無い無い。まああったとしても、裁判沙汰になったらぎりぎり勝てるよ。女性側からのセクハラって、スキンシップにとられがちだし。あんまり大事になんないし」
ほらほら、両腕上げて。
響也の制止など全く気にかけず、はまだまだ触り続ける。溜息を吐いて、響也は諦めた。注文どおり、両手を上げて観念すると、は大人しくなったのを喜んで、またもぺたぺたぺたぺた始めた。
ちょっと、これ、本当にセクハラなんじゃないか?
響也がそう想うのにも大して時間は掛からず、けれどは未だ珍しそうに其の腕や胸や腹をぺたぺた触る。もう、何が楽しいんだか。響也にはさっぱりだ。
けれど、悪い気がしないのは真実だ。自分の想い人に、セクハラ紛いとは言え、触れてもらえると言うのは。
手を伸ばせば抱き締められるほど近くには居るけれど、響也には如何しても出来ない。何故だろう、そうしてしまったら、ただ甘えているような気がする。彼女が敢えて機会を与えているように見えるのだ。其処でそのまま乗ってしまうのもきっと悪いことではないけれど、何と言っていいものか、それでは負けた気がするのだ。
負けてはいけない。
勝って手に入れなければ。
そう言ったら、「逞しいわね、頑張りなさい」と他人事のように言われたけれど。
「セクシュアルハラスメントって言うのはね、弟君」
楽しげに人の身体をぺたぺたしていたが、ふと口を開いた。響也が聞く体勢になったのを見計らって、は顔を上げる。
そして、にっこり、微笑んで。
「受ける側の主観が第一なのよ」
―――僕はまたしてもそれに見惚れてしまった訳で。
其の隙に、が背伸びをしたのが、響也にはわからなかったけれど。
次の瞬間に、唇が柔らかいものに触れたのは、わかった。
( 不意打ちされた、ある日の事 )
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