「キスがしたい!です!」
もう一週間してません!!
なにやら意気込んで、ティトレイが何故か丁寧語で唐突にそう言った。部屋でまったり寛いでいたヴェイグは本から顔をあげ、しばし眼をぱちくりさせて固まる。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………っ!!」
無言のままだった二人だが、ヴェイグはようやっとティトレイの言葉が脳まで届いたらしく、真っ赤になって、先程まで読んでいた本で顔を隠した。防御するように。
「お前な……、そんな防御の姿勢にはいらなくても、簡単に襲ったりしねえから」
「…………」
ティトレイの目下の悩み事といえば、浄化とか聖獣とか、世界を救うのが如何こうなんてことよりも、目の前の超絶恥かしがり屋で照れ屋で奥手で進展しようにも全く進まない(けれどそういうところも可愛いと思ってしまう)愛しい人についてだった。
世間はどうか知らないが、彼は―――ヴェイグは、多分これ以上無いくらい(といっても彼以外とティトレイはそういう仲になったことはないのだが、)そういうことに抵抗がある。そういうことというのは、まあたとえば、手を繋いだりとか、抱き締めたりとか、キスとかキスとかキスとか。
勿論ティトレイも年頃だから、そういうことどころかそれ以上に進みたい気もあるけれど、ヴェイグが嫌がるのなら我慢だってする。―――今のところは、我慢できている。
おれってば、すっげえいい奴……。
むしろ誰か褒めてくれたっていい勢いだ。うん。
けれどヴェイグはそんなティトレイの我慢を知ってか知らずか―――多分わかってないけれど―――、いつまでたっても慣れる様子が無い。せめて、せめてキスぐらいは、毎日とは言わないから、三日に一回ぐらいの頻度に変えてくれませんかという切実な願いをもって、ティトレイはこの話を持ち出したのだ。
そこで、こんな反応。
ここまでされると、最早完全に拒絶されているのではないかと疑って掛かってしまう。
ティトレイは、眉根寄せてさらに頬を掻いて、未だ真っ赤なままのヴェイグに訊く。
「……キス、嫌か?」
「違うっ!!」
「うお」
「っ!………、すまない」
突然、大声を出して。
と小さな声で付け足して、立ち上がっていたヴェイグはぺたんと腰掛に腰を下ろした。立ち上がった途端に落とした本を拾い上げる。今度は先程よりも落ち着いた顔色で、顔を伏せた。長い前髪で表情は伺えない。
……話が進まねぇー……
そう溜息を吐きつつも、自分の頬も熱いことをティトレイは自覚していた。あの問いに対してあの答えだ。ティトレイが赤くなるのも無理は無い。
あの様子見てると、むしろ好きって、感じだけど……
つーか、なんか、あーもうっ可愛いなあ!
とかなんとか微妙に場違いな感想を持ちながら、ティトレイはヴェイグを愛しそうに眺めていた。
「別に、嫌じゃ、ない」
其のヴェイグがポツリと小さく言い出した。そのままだんまりも覚悟していたティトレイは、意外だと思いつつ耳を傾ける。
ヴェイグは眼を合わさず、それどころか顔もまだ半端に俯いたまま、口元を押さえて言葉を探すように話す。当然ながら、其の顔は赤い。
「ただ、すごくドキドキする……し、聴かれそうだし、如何してか恥かしい。それに、すぐ近くになるから、緊張してしまうし。……でも、嫌では、」
「ストップ!」
言葉の恥かしさで、ティトレイの方が先に音を上げた。さっと片手で口を塞がれたヴェイグは、数秒してからやっと気づいたらしく、また顔を俯かせた。
無自覚だったのか、とティトレイが気づかれないように溜息を吐く。黙らせる為に縮んだ距離の所為で、先程よりも表情が伺えず、銀の髪ばかりに眼に映る。
ふと、ヴェイグが顔をあげた。
視線がばっちり合ってしまう。
やっぱり、眼を見開かれて、さらに俯かれた。
わかってたことだ。そう、わかってる。
ものすごく奥手で、何かしてしまえば眼を逸らせて、けれども悪気があるらしく、其の蒼い目でちらりと此方を伺ってくる。
とても愛しい、その、性質。
「ヴェイグ」
呼びかければ、おずおずと顔を向けてくれる。
そっと頬に触れれば、一度眼を細めてから、やっと眼を合わす。
笑顔を向ければ、それに呼応するように、やんわりと微笑む。
何もかもが、大切で、いとおしくて、好きで好きでたまらなくて
そっと、くちづけた。
( 相思相愛、なんて素敵 )
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