「…………」

 差し込む朝日が眩しかった。目は覚めているものの、覚醒を遂げない意識のままに、ルークは起き上がることもせず、ベッドの上で呆ける。
 何だろう。
 とても、心地好い何かを感じた気がする。
 一番近くに、何かが、誰かが。

「……夢、か?」

 体を起こして、呟いてみる。
 そう呟くと、本当にそうであったような気がしてくるから、自分は本当に単純な生き物だと感じる。
 けれど、本当に、夢であったとして、

 ――― どんな夢だった?

 掴みきれない疑問だけが、ふわふわと目の前に居るような気がする。
 何だろう。
 それはとても、心地好くて、けれど、寂しい。
 そんな、何かだったと、思う。




 洗面やら着替えやら凡て済ませても、いつもに比べれて相当早い時間だった。朝食まで多分まだ時間があるだろうから、これこそ本当に手持ち無沙汰なのだけれど、部屋でいつまでもぼーっとしているわけにもいかず、未だ眠っているミュウを起こさないようにそっと部屋を出てみる。
 
 うーん、何なんだ、この感じ

 胸の中がぐるぐるむかむかしている感じ。
 落ち着かない、違う。気持ち悪い、も違う。 体調不良、というわけでもないし、というかそうなる原因も思いつかない。
 多分、音素の乖離とは関係ないだろうし。 ……それとも、関係あるのだろうか。
 でも、違う気がする。

 もっと、こう、何か―――

「うわ、奇跡だ神の所業だむしろ悪魔?」
「……悪魔ってのは、お前の後ろにいる男のことだと思うけどな」
「あ、同かーん」
「おや、誰のことでしょうかねえ」

 声を掛けてきたのはアニスとジェイドだった。ジェイドは早起きしそうな人間だけれど、アニスがこんな時間に起きるとは意外だった。

「どしたの? こんな時間にルークが起きてるなんてめっずらしー」
「く……反論出来ない」
「日頃の行いが行いですからねえ」

 一番日頃の行いが悪そうな奴に言われると感慨深い。けれど言えないので黙っておく。

「……別に、ただ目が覚めただけだよ」
「ふーん、珍しい」
「……ほう……」
「な、何だよ」

 アニスはともかく、含みのある笑みをジェイドから向けられ、ルークは居心地の悪さを感じる。ジェイドがこういう笑い方をするときは、大抵良い事が無い。ていうか絶対無い。完璧に無い。

「言いたいことがあるなら言えよ、ジェイド」
「ふむ、どうやら自覚は無いようですね」
「何なに?大佐、何があるんですか?」

 アニスはルークと同じく、何のことかわかってないらしく、至極楽しそうにジェイドに訊く。しかし其処で簡単に教えるジェイドではなく、はぐらかした。

「……本人もわかってないようですし、まずは鏡でも見てもらいましょうか」
「鏡? 何か付いてるのか?」

 先ほど、顔を洗うときに見たけれど、何も異常は感じなかったのだが。
 「見たらわかりますよ」と言い切られ、「朝食にはまだ時間がありますし」と今すぐにでも鏡を見ることを薦められ、ルークは素直に部屋に戻った。出るときより気を配らなかったから、先程より幾分大きな音を立ててドアの開閉をしてしまった。其の音でミュウが眼を覚ます。

「みゅうぅ……おはようですのー」
「ああ。悪いな、起こしちまった」
「……ご、ご主人様の方が早起きですの!ミュウの負けですのー!!」
「すっげームカつく反応だな……。そうだ、ミュウ」
「なんですの?」
「俺の顔、何か付いてるか?」

 先ほど気づかなかったのだから、今更鏡を見ても気づかないだろうと、此処は他力本願でミュウに訊いてみる。ミュウを持ち上げて、自分の顔の高さにする。

「みゅううぅ〜」
「どうだ?」
「……。 あ、付いてますの!首のところに赤いのが付いてますの!」
「首……?」

 ミュウを降ろして、首を摩ってみる。
 特別、何も無い、ような、気はするけれど、
 いや、
 ちょっとまて、
 首に、赤いの?
 ものとは限らないんじゃないか?
 例えば、
 たとえば――― !

「………… 思い出した」
「みゅっ?」

 言うが早いか、大した距離でもないのにルークはおそらく彼の人生史上最速の速さで洗面所に向かい、鏡を見る。
 立たせた襟であまり見えないけれど、其れをよければすぐにわかる。なるほど、ジェイドが気づいてアニスが気づかないわけだ。上から見れば、比較的だが分かり易い。相手がジェイドなら尚更だ。

 今まで見たことも無いような、赤い痕。
 けれど、これは、多分。
 痣のような其の赤に、頬が熱くなる。

「…………、あいつ」

 そうだ。
 夢じゃない。
 覚えてる。
 眠っていたはずだけれど、ちゃんと、知っている。
 アッシュが其処に居たことを、知っている。

 ――― 子供染みた、くだらない約束だ。

 なんて悲しい声音で。
 なんて寂しい表情で。
 アッシュはそう呟いていた。

「……、馬鹿野郎」

 今更のように、呟く。
 アッシュが聞いているわけもないのに。
 泣きたくなるような、約束だったのに。
 違う。
 馬鹿は、俺だ。
 如何して、如何して、俺は。
 あんな悲しい声音を、あんな寂しい表情を、覚えているのに。

 彼の精一杯の約束を、如何して覚えていないんだろう。

 こんなものまで、残しているのに。

「アッシュ……」

 お前は、そんな表情で、そんな声音で
 一体、俺なんかに―――お前が認めない俺に、何を約束したんだ。

( 何の為に、どんな約束を )


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