油断した。
 気を抜いた。
 終わったと確信してしまっていた。
 安堵してしまったんだ。
 約束を、破らずにすんだと。
 ああ、でも
 こんなんじゃあ、一つ破ったことになっちまうか。
 結局、先約のほうが、優先されたんだ。
 其れより前の約束は、果たせなかったけれど。

「聞こえるか、レプリカ」

 なんて呟くけれど、
 聞かないで良い。
 聞く必要なんて無い。

 あいつは、怒るか。
 そうだな、怒りやがる。絶対。
 約束したのに、と。

 ――― ナタリアも……俺も、悲しむからな!

 そんな理由で、生き残れなんて。
 エゴだ。
 エゴに過ぎない。
 悲しいから、死ぬななんて。
 なんて利己的。なんて自分勝手。なんて自己中心。
 そうだろう?
 でもお前は、怒るんだろうな。
 それとも、泣いて、くれるんだろうか。
 だらしねえ。泣きやがったら蹴り飛ばしてやる。

「少し、梃子摺ったな……」

 まあいいさ。
 あいつが怒ろうが泣こうが喚こうが。
 約束は、果たしたんだから。
 約束。
 お前と交わした其れは、果たせないけれど、
 自分に科した其れは、果たせたんだから。

 怒るな、泣くな。

「……俺が一人で勝手に決めたことだ」

 証は、いつか消えてしまうものだけれど。
 残る間に、果たせたのなら、それでいい。


 絶対なんてないと言ったのは、自分だけれど。
 約束は果たせた。
 なんて、清々しい。
 そして酷く、―――そう、幸せだ。

 誰が怒ろうが、誰が泣こうが、誰が喚こうが、誰が叫ぼうが


 俺は、俺の力で、お前を生かせたんだから。

 折角守れた約束なんだ。
 無駄にしたら殺してやる。

 だから―――




 声が届いた。
 いつものように、頭痛を伴う其れとは違って、薄い、柔らかい、声。
 聞き取りにくい、けれど、確かにあいつの声だった。

 折角守れた約束なんだ。 無駄にしたら殺してやる。
 だから 生きろ。


 約束だった。
 誓いのように罪深くて、祈りのようにささやかで。
 でも、其れは正しく守られた。
 絶対なんて無い、と。
 言っていた本人の、守った約束が、其れだった。

 信じたくなかった。
 信じられなかった。
 でも、そう思う一瞬後には、解っていた。
 だってあいつだから。
 だって俺だから。
 同じである、けれど違う、俺とあいつの、約束だから。

 涙が、零れそうだった。
 でも、泣いたら怒るだろうから。
 俺の代わりに果てたあいつは、きっと怒るだろうから。

 言葉にする前に。
 皆に知られる前に。
 認めてしまう前に。

 言葉にできない、この何か。
 感謝とは違う、謝罪も違う、後悔も、苦痛も違う。
 でも、この想いだけでも。

 アッシュ ―――

( どうか、 )


back