意識が掻き乱れる感じ。
 いつか、そうアッシュが言っていた。
 こんな感じ、なのかもしれない。
 流されているような感覚。
 晒されているような錯覚。
 見透かされているような、そんな違和感。
 なんとなく思考することは、出来るけれど。
 それも、なんとなく薄っぺらい感じ。

 自分が、
 そうか、ああ。
 消えるのかと。
 かき乱される意識と、身体の感覚が無い事実が、証。
 消えるのか。
 消えて、しまうのか。

 約束、したのに。
 帰ってくるからと。
 約束、したのに。

 ジェイドは怒るかな。いや、そんな感じじゃないな。黙って、―――うん、黙って、本当に沈黙していそうな感じ。
 アニスは?ありゃあ―――、多分、みんなの前で、泣いたりしないんだろう。イオンのときがそうだったように、何処かで、一人で。
 ナタリアは、泣くんだと思う。アッシュの次が俺だから、更に辛いんだと思う。あれで、弱い奴だから。
 ガイは絶対怒るだろうなあ。あの時見たいに。……俺、あいつを怒らせてばっかだな。謝っても謝り足りない、な。

 ティアは。
 ティアは、多分、―――
 ああ、如何だろう。俺、あんまりアイツのこと理解出来てないから。
 皆はあんなに分かってるのにな……。
 大事に想ってたのに。
 大事に想ってるのに。
 大切だと実感してるのに。
 大切だと自覚してるのに。
 泣いて欲しくないと思うのに。
 苦しまないでくれと思うのに。
 あいつに助けられてきたのに。
 あいつに支えられてきたのに。
 何一つ返してやれなかった。
 何一つ与えてやれなかった。
 馬鹿みたいに騒ぐだけしか出来なくて。
 馬鹿みたいに喚くだけしか出来なくて。
 いつも叱咤してくれた。
 いつも励ましてくれた。
 いつだって、ティアはあんなに、―――

 如何して俺は、あいつに何もしてやれなかったんだろう。
 今だって、約束一つ守れやしない。
 俺は、やっぱり、へたれだな、ティア。


 いい加減にしやがれ


 声がした。
 掻き乱れていく意識に、ひとつだけ、小さいけれど、はっきりとした意識が混ざる。

 ―――、いつまでそうしてやがる

 やっぱりそうだ。
 俺と一緒だった。まだ、―――まだ、其処に居た。

 全く、どうしてお前は、いつもだらだらもたもたしてやがるんだ

 いきなりそりゃないだろ、お前
 ……だいたい、もうどうしようもないだろ
 俺も、お前も―――消えてしまうんだから
 …………、お前、今呆れただろ。なんとなくわかる

 当たり前だ

 ……、何が言いたいんだよ、お前

 何してんだって言ってんだよ
 うじうじ言ってるんじゃねえ、屑が
 俺なんざに構ってる暇が合ったら、さっさと前に進みやがれ
 顔を上げろ。前を向け。足を踏み出せ
 代替品でも代用品でもない
 俺とは違うお前なら
 お前が、お前であると言うんなら

 俺のできなかったこと、果たしてみせろ―――




「……」

 風が吹いた。
 柔らかい感じがした。
 風に、感覚があることを自覚する。
 さっきまで、あんなに不安定にいたのに。
 手がある。足がある。夜空が見えるし、鼓動が分かる。
 俺は―――此処に、存在してる。
 仰向けになって、空を見上げている。
 困惑気味に体を起こすと、髪が揺れた。
 赤い赤い其れは―――、

 長い長い其れだった。

 少し前の情けない自分のような。
 子供だった、弱い自分のような。
 けれど、そんなものとは違うような。
 まるで、アッシュのような、そんな其れだった。

 一際強く、風が吹く。
 見回すと海が近いことに気づいた。
 いつか見たことのあるような、景色。

 如何して、俺は此処にいるんだろう。
 俺ひとりで


「あ……」

 歌だ。
 歌が―――譜歌が聞こえる。

 俺がとても好きだった歌が
 俺がとても好きな声で
 聞こえる。

 夜の空気の中で、とても澄んで、とても清んで聞こえる。

 立ち上がる。
 行かなくちゃ、いけない。
 そうだ、俺は、約束を果たさなきゃ。
 泣かせたくない。
 苦しませたくない。
 哀しませたくない。
 辛い想いなんて、させたくない。

 だから、俺は―――

 アッシュが大事な人に果たせなかった約束を。
 俺が俺の大事な人に交わした約束を。
 アッシュが、俺と、俺の大事な人に託した約束を。
 俺は―――果たさなくちゃいけない。
 答えなきゃいけない。

 顔を上げる。前を向く。足を踏み出して、歩く。
 聞こえる。歌が聞こえる。声が聞こえる。

 いつだって、其処に居てくれた、あの声が




「……ど、して……?」

 声が、震えていた。
 涙声だった。
 泣かせたいわけじゃない。
 そうじゃないんだ。
 俺は、―――ティアに逢いたかったから。


「約束、してたから」


 だから俺は、託された約束を、交わした約束を、果たす為に。

( 此処が、約束の地 )


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