コーヒーよりも紅茶かしら。
 どちらも詳しくない上、それを出す相手の嗜好も知らないので非常に困ったことだが、けれど、まあコーヒーが苦手な知人はいるものの紅茶が苦手な知人はとりあえずいないな、ということに行き着いて、紅茶を淹れることにした。
 今日のトレイはいつもより慎重に運ばなければならない。このための半休である。礼司をごりごり押してとった半休なのである。無駄にしては許されない。
 は、他人から見れば非常に"ご機嫌"であった。鼻歌でも歌いそうな、ご機嫌っぷりであった。未だ勤務時間ではないのに屯所にいる時点で皆不思議な顔をしているが、その様子を見てさらに首を捻るばかりである。
 そして、は勤務時間ではないのにも関わらず、いつもの勤務に入るのであった。

 最初に気づいたのは匂い。場所にそぐわない品の良い香りがふわりと流れ込んできた。その次は、足音。ああそんな時間かと気づいて、尊は瞼を上げた。
 程無くして強情な扉が開いて、それに応じて壁に向けていたからだを転がすと、匂いの元が青い服を着てやってきていた。
「こんにちわ、周防さん」
 今日は寒いですね、などと極めて気さくに話しかけてくる人間は、おそらくこの敷地の中ではこの女たった一人だろうな、と寝起きの頭でぼんやりと思った。
 この女は、警戒と畏怖をまるで具えていないのである。いや、多少は怖いと思っているらしいが、それもどうも詭弁くさいというか、彼女にとって大して問題ではなく、対岸の火事の話を平和な此岸でしているような印象を受けた。怖いもの知らずのそのままというか、能天気とでも言えばいいのか。先日訪ねてきた青の王さまにも冗談まじりで聞いてみたが、冗談まじりで「もともと、そのネジが要らないのですよ」なんて返してくる。尊は特に感想を持たず、そんなものかと受け入れた。
「おう……、て、なんだそりゃ」
 怖いもの知らずの女は、尊の給仕を日課としている。他の拘留者と違い食事の全てが彼女の一存であるが、女は的確に尊を空腹を狙ってくる。察しがいいと言えばそれでいいのだが、
「はて、見るのは初めてかしら?」
「……そういう意味じゃねえよ」
 この女は言葉のままにしか受け取らないのである。やはり察しがよくない。相手をするには、少し面倒くさい。
 拘束された腕を使わずに身体を起こし、ぎしりと寝台が鳴る。その音と同時に女は牢の中に入ってきた。
「なんで、そんな可愛らしいケーキなんて乗せてきてんだっつってんだ」
 大きめのトレイに、昼食であろうメニューが並ぶなか、ちょこんといるのは、純白のクリームに包まれた小さなケーキであった。そのこじんまりとしたサイズには少し見合わない大きな苺が、つやつやと輝いている。(アンナのビー玉みてぇだ)と頭の片隅で考えながら、大部分はそれに対する言及であった。食事を作っているのがこの女であることは知っていたが、いやだからなんだってそんなもん持ってきてんだ。オムレツと一緒に。紅茶なんか添えて。
「あら?」
「あ?」
 日頃言葉の少ない尊が、普段よりも言葉を多くしたところで伝わってないのか、女は首を傾げる。数秒そうしていると急に天啓でも降りたのか、パッと笑顔になった。
「ふふ」
「……」
 面倒だしもういいかと諦めに至ると、それに気づいたのか女は寝台に座る尊の隣にトレイを置く。食事の時すら(あまり意味のない)拘束から開放されない尊の給仕も、女の仕事であった。
「今日はクリスマス・イヴなのよ、周防さん」
 ああ、だからケーキと紅茶。
 納得すると同時に、腹が減った。

( 独房にも冬は来る )


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