礼司は、その長い指でパチリとパズルのピースを嵌めた。一般的に、考え事をするには少し難儀な相方だが、それでも礼司は考え事とパズルを同時に行う。何処にも繋がらないピースを迷いなく配置し、またピースの山から無造作に拾い上げる。度々「少しぞっとするわ」と言われた手法だが、構築という肯定が楽しいし、礼司にはそれができる程度の頭があった。あるものを使う、それだけの話である。
 思考の材料はいくらでもあった。端から見れば遊んでいるようにしか見えない礼司のそれも、中身はたくさんの事象で渦巻いている。宗像礼司本人としての心配、青の王としての懸念、セプター4室長としての疑問。
 人の気配を感じた直後に、ノックの音。礼司はピースを嵌める手を止めないままに、「どうぞ」と入室を促した。
「こんにちわ、兄さん」
「おや、」
 笑顔で現れた訪問者に、礼司はやわらかく笑って、内心少し驚いた。
 何せ思考の一つは、彼女だったからである。この年末の徹夜続きの忙殺必須ななかで、午前中だけとは言え休みをもぎ取ったからである。毎年この時期忙しいことは彼女もよく解っている。だから、例年疲れを見せない顔で屯所に詰めている。彼女でないとできない仕事があるわけでもないが、しかし彼女がいると上手く回るのは真実であった。礼司もこういう忙しいときに、彼女を要所に配置することを怠らなかった。その要を抑える彼女――に、急に休みを取られたのは、手痛い以外の何者でもなかった。
「クリスマス・イヴに休みをくれとは、恋人でもできたのかと心配していましたが」
「あら、兄さん。恋人が出来たら兄さんにいの一番に紹介するつもりだから」
 は笑って言う。よくもまあここまで懐いたものだな、と自分を棚に上げて思った。
「……それで、未だ勤務時間でもないのにどうしましたか」
 のオンとオフは明確である。任務中は礼司のことを決して「兄さん」と呼んだりはしないし、個人の事情を持ち込まない。仕事を終えた途端に、その逆になる。
 青い制服を着る彼女は果たしてどちらなのか、礼司は計りかねていた。上司として彼女を扱えばいいのか、兄として扱えばいいのか。瑣末なことと言えばそれまでだが、彼女はその差に明確で、そして頑固である。
「中で私服で歩いたら厭味でしょう?」
 礼司はふ、と息を吐いた。
「オフの人間が制服で歩くのは厭味じゃないのか?」
 彼女の言動から察するに、そうなんだろう。礼司はにこにこ笑う彼女に呆れたのか、あるいはこの忙しさで詰めていた息を吐き出して、鸚鵡返しのように返答した。
「そうね、お仕事の邪魔をしているわけだし」
 けれど申し訳なさなど微塵もないように、彼女は胸を張っている。帰れと言って聞く子ではないなと嘆息しようとした息を笑みに変えた。
「それで?」
「うん」とがケーキバックから取り出したのは、小さなケーキである。生クリームを纏った高さの低いそれの上には、もりもりとギリギリを追求した数のブルーベリーが載っている。何故またこんなに乗せたのか、調節の必要を感じる。そう思っている間に、ころりと一つ皿の上に転がり落ちた。
「真っ青」
 ね、としめすに苦笑した。真っ青なケーキを作るのが目的だったのか、そう思うと一日休みを与えても良かったかもしれない。礼司としては、であるが。室長としては矢張り休まれたのは痛かった。
「ほら、クリスマスだもの」
 小さなケーキをずいと進めて来る。時間としてはまだ昼前だが、小さなそれが入らないわけでもない。甘いものは別腹という。きっとそういうものだろう。
 パズルを退けて礼司が食べる意志を見せると、はまたパッと表情を輝かせて、紅茶を淹れ始める。さすがに、ケーキを食べるのに茶を立てる程場を読めないわけでもない。
 積み上がりしかし何故か(先ほど一粒転がり落ちたというのにも関わらず)バランスを保ち続けるそれにフォークを差し入れると、当然ころりとブルーベリーが転がる。食べにくさはあるものの、口に運べば柔らかな甘さとそれとは違う甘さと酸味と具えたベリーの味が広がった。ふむ、おいしい。
「よかった、兄さんの口にも合ったみたい」
「……にも、?」
「うん、さっきね、周防さんにもあげたのだけれど」
「は」
 周防尊に?
 礼司はいつもの彼からすれば酷く間抜けな顔をした。
 確かに、に彼の給仕を任せたのは礼司である。彼女はお気楽なのか能天気なのか、赤の王さまを目の前にしたところで態度に変わりは無い。気楽にしている方が彼の精神にも良いだろうと、礼司は通常なら特務の人間がやらない給仕なんて仕事を、に任せたのである。
「周防さんも悪くないって言ってくれたし、頑張った甲斐があったわ」
 鼻歌でも歌い出しそうなとは逆に、礼司は逆に気分が落ちていることが自分で理解できた。
 自分より、彼が先に、をケーキを食べたのである。
 昔からよく懐かれていたし、拾ってからは尚更、よく尽くして後ろについて、今だって「兄さん」と呼んでおそらく好いてくれているだろうが。
「いけない、そろそろお仕事始めなくっちゃ。後で下げにくるから、お皿そのままにしておいてね」
 礼司は「ああ、はい……」と生返事に近い了承を返して、執務室を出るを見送った。目の前に残った、良い香りのする紅茶と、ケーキ。小さなそれに、何かしらの後ろ向きな感情が湧く。
 あの男はまた寝こけているのだろうか、腕力の限りを持って壁に頭をたたきつけてやりたい。
 小さなこととは思うが、長年培ってきた彼女に関する自信に、こつりとひびが入った瞬間であった。 

( 突如としてやってくる隙間風の匂い )


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