成歩堂龍一は滅多に机に座らない。仕事がそんなバンバンあるわけでないのもあるし、上等な椅子とはいえ、いやだからこそ、こういうところに座るのになんとなく遠慮してしまうからだ。先代の所長綾里千尋が選んだ、シンプルながら上等で使い勝手のよさそうな机。本来の持ち主が居なければ、新しい持ち主は座らない。もはや其れは、机としての役目を果たすことのほうが少なくなってしまった。
「もったいない……もったいない」
「……」
 それに文句をつけるのが、自分の最近の仕事だとは思っている。だから今日も、友人と遊びに出かけたその帰りに寄った兄の法律事務所で、机に対し哀れみを、兄に対し不満を口にする。
 もちろん、机を机として扱わない兄こと成歩堂龍一は、それに微妙な顔を返さずには居られない。彼の妹は、彼の目の前でそれを言うのだから当たり前だ。彼女は敬いとか遠慮とかそういうものを感じていないので、もはや格下の勢いなので、更にそれがもう十何年も続いているので、其の点に関しては何もいえない。
「いいだろ、別に。座らないからって困るわけじゃないんだし」
 だから、机について反論することにする。
「大体、ほら、机に座らないってことは仕事がないってことで、仕事がないってことは、事件がないってことだから」
「なんで刑事専門なの?世の中、犯罪だけが弁護士の出番じゃないよ?」
「ええっ?そうなの、なるほどくん?!」
「……ほら、龍一が刑事事件しか取り扱わないから、真宵ちゃんに変な認識が」
「……僕のせいか?これ。……うう」
 驚きで目を大きくする真宵と、それによってこちらを睨んで来るの両方の目線で、龍一は肩を竦めた。なにもそんなに睨むことないだろ、なんて言いながら、明後日の方向を向く。やっぱり、は僕の扱いがひどい。
「あ、コーヒー切れてる。龍一買って来てよ」
「僕かよ!?」
「だって今日風強いんだもん!強風強風」
 ものすごい理由を言いながら、は龍一に空になったインスタントコーヒーの瓶を晒す。中身はあと一杯で空っぽになるところだった。確かに、これは空だ。あと少し残ってる、なんてことを言おうものなら、またたいそうが怒り出すので、龍一は渋々所長ながらパシリに甘んじることになった。
 そして、残されたのは当然ながら真宵とだったわけだが。
「さて、」
 龍一が出て行くのを見送ってから、が即座に立ち上がった。其の様子を真宵が目で追っていると、はそそくさと机の上の埃と荷物と格闘しだした。なんだかんだで詰まれたあれやこれやの荷物を、おそらくもとあったであろう場所に戻し、ほんのり積もった埃をふき取る。真宵が手伝う暇もなく、散々な様態だった机は、みるみるきれいになって、千尋が座っていた頃の様に近くなっていく。
「ふう」
ちゃん掃除上手いねえ」
(掃除に上手い下手ってあるのか…?)
「そうかなあ。まあ、家事は嫌いじゃないよー」
 机をきれいな布巾できゅ、と乾拭きしながら答える。はさくさく掃除を進め、結局その一回の会話で机は完全に掃除し終えた。先ほどの荒れた様など見る影もなくきれいになった机に、は満足気にため息を吐く。
「でも、なんでまた真面目に掃除なんかしちゃってるの?」
「だって汚かったじゃん。ちょっと引くぐらいには――それにさあ、」
 きれいになった机につい、と指を滑らせて、

「きれいな机でしっかり仕事してもらいたいじゃん、龍一に」

 嬉しそうにそんなことを言うものだから、真宵は、なんだかんだで愛されてるんだなあ、なんて考えながら、其の笑顔に同じような笑顔を返した。

( そっちのほうがかっこいいって )


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