いつだって疑問なのだけれど、こいびとどうしって結局何なのだろうか。
 同意の上で触ったり何だりできたら?
 キスしたら?一緒に寝たら?
 そういうことが出来れば、幸せ万々歳なのかしら。

「……途轍もなく哲学的だと思うんだけど」
「うん、答えでなくて私は困ってるわけよ。どう思う?ドゥ」

 ……「ドゥ」って呼ぶの止めて。
 ものすごおぉく苦い顔で言われたので、のでっていうのもおかしな話だけど、私は無視しておいた。「なる」はよくて「ドゥ」は駄目なのか、成歩堂龍一よ。

「確かに変な事聞いてると思うけど、でも線引きって必要じゃない?」
「まあ、そうかもしれないけど……。本人達がそう思ってればいいんじゃないか?」
「でもそれだと確認が必要よ。例えば私が君の恋人だとして、私はキスしたいなって思うたびに、君が私にキスされてもいいって思ってくれてるとは限らないわよ」
「いや、其処を言うとどんな行為も確認が必要になるから、そこは互いの信頼関係の問題だろう」
「うーん、確かにねえ……。でもさ」

 冷えた珈琲をくいっと喉に流して、私は続けた。彼の目線は既に書類に向かっていて、彼の性分からいって多分もうそんなに私の話題に興味はないんだろう。いや、別に聞き流してくれていいんだけども。

「信頼関係の話なら、私、君かみったんやハリーになら、キスぐらい全然平気よ」

 ゴツッ!!

「……本当に頭突っ伏す人初めて見たわ」

 立派なおでこを赤くして、耳まで赤くして、龍一は顔をあげた。顔も真っ赤だった。

「君が悪い!!そういう冗談…」
「冗談? バカにしないでよ、そんなバカな冗談言うと思ってるの?」
「…………思わないけど」
「平気どころか嬉しい限りだわ。世界で一番大事な人に口付けされる、なんてロマンティック。……まあハリーは年中何故か彼女がいるから、除外しておくけども」
「本気で言ってるのか?」
「さっきも言った。私は、成歩堂龍一か御剣怜侍からのキスに、とても幸せを感じるわ」

 其処まで積極的には言ってなかったと思うけど。
 職業病の地獄耳と記憶力で突っ込まれた。

「でも、これもさっき言ったけど、私が言うこの行為には恋愛感情なんてないわ。あるのは美しい友情だけ。君と私の口付けにあるのはままごとだけなのよ」
「うーん、まあ確かに僕としても君とは勘弁な気も」

 バシッ!!

「いたっ!何するんだよ!」
「素で失礼なこと言うからよ」

 聞こえないと思って言ってるだろうぶつぶつ声だって、私の職業病で聞こえてしまう。ああ哀しい弁護士の性。一言一文字聞き漏らすまいと、ぴんと耳だけは無意識に意識的。

「つまりはママが赤ちゃんにキスするようなものなのよ。異性同士、血の繋がらない相手へのキスであるのにも関わらず、これは恋愛感情なんて欠片もない行為」
「……」
「でも恋人って言ったらキスするわ。恋人繋ぎしたりお泊りしたり、一緒に寝たり」
「確かに、キスとセックス以外はやってるね。……僕と御剣とではしないけど」
「恋人繋ぎとかしてたら爆笑するから」
「うーん。っていうかさ、やっぱりこの場合僕らが……、いや君が特別なんじゃないか?」
「なんで私だけに言い直す必要があったのよ今の。……そうなのかなあ」
「まあ普通は、飲み友達になることはあっても、一人で宿借りに来ることはないだろ」
「むー、難しい」

 だから、君だけだって。
 バカにされた気がして、気を紛らわす為に珈琲をぐいっと飲み干した。苦いばっかりで、美味しいとは思えなかったけど、淹れてくれた人の手前、そんなことは言えなかった。

「あ、わかった」
「ん?」

 淹れ直した珈琲に、さっきは淹れてなかったミルクを入れてくるくる回していると、ふと気づいた。既に書類に落としていた視線を、龍一はわざわざあげてくれた。

「生産性だ」
「君本当に猥談好きだね」

 速い突っ込みにむくれて、其処まで甘党じゃない龍一の珈琲に砂糖をざっと七、八杯入れてやった。怒られて、それでも飲んだ龍一はすごく偉い、きっと大物になる。
 褒めたところですごい表現しきれない顔でマグカップを突きつけられ、試しに飲んでみたら将にゲロ甘だったので、もうしないでおこう。

( A dividing line )


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