ここまでオンオフはっきりしてる人間は、きっとあんまり居ないんだと思う。そりゃあ、法廷でだって情け無い顔したり、だらしない顔したりするけれど、今のそれに比べれば全然まとも。シャキっとパリっとしてて、爽やかなイメージ。
 なら今は、と聞かれれば、爽やかと言えなくも無いけど、どちらかというと穏やかというか和やかというか、ほわっとした感じの、のんびりしたイメージ。
 時々、同じ人間なのかと思ってしまうその表情の変わりっぷりに思いを馳せながら、私は其の顔を見上げていた。

「……」
「……」

 珍しく、というか、多分御剣に薦められたか押し付けられたかしたんだろうけれど、本とか読んでるから、眺めるにはちょうどいい。年の割には少し少年っぽい印象のある目とか、結構好きだったりする。
 ぺらっと私の真上で本の捲れる音。
 膝枕、というには少し高すぎる男の太股は、意外に心地好かったりする。まあ好きな欲目なんだろうけれど。
 集中してるわけではないみたいで、少し退屈気に、それでも龍一は頁を捲ってる。少しだけぼけっとしていて、少しだけ頼りがいのあるようなないような、表情。

「なるー」
「んー?」
「ひま」
「ん、もうちょっと」

 おお。思ったより夢中なようだ。ぼけっとしてるとか言ってごめん。結構真面目だったのね。それもそうか、もう一時間読み続けてるもんね。
 午後の緩やかな陽が気持ちいい。少し冷たい風に晒された素足を、ゆっくりと温める。このまま寝ようかな、とも思うけれど、折角の休日なんだからと思うと、それは勿体無い事に思える。だって視界には彼が居るんだから。
 いつもよりずっと気を抜いた、それでもしっかりしている、表情。
 さっきは暇なんて言ったけれど、私はそれを見るだけで、結構楽しんでいられる。
 きっと私しか知らない顔。それでなくても、ほんの少しの人しか知らない、顔。私がただ一人じゃなくっても、それはとっても幸せな事。

「……よっと」

 声と伴に立ち上がると、龍一は流石に此方に顔を向けた。私が暇で痺れを切らしたとでも思ったんだろう。だってもう一時間はほったらかし。「あとちょっと」が、ずっと続いてる。

「珈琲淹れてくるね」

 そんなこと全く気にしていない私がそう言うと、「ごめん」と申し訳なさそうに言った。
 別にそんなのどうでもいいのだけれど。私は退屈なんてしてなかったし、そりゃあちょっと寂しかったりしたんだけど、……まあとにかく、全然大丈夫なのだ。
 それでもそんな顔するから。

「あのさ、龍一」
「うん?」

 台所に消える寸前に、少しだけ、良いことを言って上げることにした。

「大好きよ」

 二人の休日。それだけでしあわせ。

( 君が居るだけで楽しいの )


back