最初に気がついたのは火曜。珍しくゲーム中に呆けていたから、注意するとはっとして、また微笑で古泉は続けた。其の日はそれぐらいで、其れ以降の変化は無かったから、俺も大した疑念や追及は無く、恙無く勝利を収め恙無く其の日を終えた。
 その後水曜、木曜と、今日に至るまで、何かしら様子がおかしい気はしていた。今思うと、其の時に気づいてやればよかったのかもしれない。が、今更言ってもどうしようもないことだ。俺は再三其の点をスルーしたし、古泉も隠し通せたと思っていただろう。もしかしたら、奴自身自覚は無かったかもしれない。だからこういう状態になっているんじゃないか、とも思える。ただ調節が下手なだけかもしれん。変なところで不器用だしな。
 そしてハルヒも薄々感づいていたらしく、

「帰ったほうがいいんじゃない?」

 と声を掛けたのだが、あまりにも失礼な其れだったので、言われた古泉は至極当然、固まった。脇で古泉の分のお茶を淹れていた朝比奈さんも同様で、長門も流石に少しだけ顔を上げるぐらいには反応した。古泉には悪いが、俺は概ねハルヒの意見に同意だね。かといって、いきなりそう言い放つほど遠慮の無い人間ではないが。
 我等が団長は今しがた定位置に座ったばかりの古泉にずんずんと歩み寄り、少し屈んで其の苦笑に固まった顔を睨んだ。顔に出さずとも古泉が慌てているのが解って、少しいい気分の俺は、一度だけ此方に助けを求めるように視線を向けた古泉を軽く無視して様子を見守ることにする。

「えっと、涼宮さん?」
「うん、やっぱり顔色悪いわ。今日はミーティングの予定も無いから、辛いのなら帰っちゃっていいのよ、古泉君」
「――」

 ハルヒとは思えぬ、珍しく表に出た優しい心配りである。其れが常時備わっていれば、世界も俺ももっと平和なんだがな。
 俺から見ても古泉の顔色は良くない。暫く寝て無いのではないかと思われる。そういえば、最初に違和を感じた火曜からもう三日経って金曜だ。もしかしたら三日前、下手すれば其のずっと前から、古泉は結構な無理をしていたのかもしれない。閉鎖空間が出たような気配は―――少なくとも俺の観察に因れば―――無いが、もしかしたらそうでなくとも、例のアルバイトはなかなか厳しい労働条件下で行われているのかもしれない。結局、どれも勝手な推測だがな。
 ハルヒの言で気になったのか、朝比奈さんも、ハルヒとまではいかなくとも少し近づいて顔色を伺い、可愛らしく心配する科白を古泉に向けていた。何も言わないし席から立つ事も無いが、長門もいつもよりは長い時間古泉をじっと見詰めて、そしてまた本に戻った。
 ここまでくると無反応なのが俺だけのようだが、これでも心配している。ただ口に出したり行動に移したり、やってしまえば古泉の馬鹿が何を言うかわかったもんじゃないので控えていただけだ。俺は冷徹じゃないぞ。

「俺も帰ったほうがいいと思うぞ。ここ数日、体調悪そうだしな」
「ねぇ、有希もそう思うでしょ?―――満場一致ね。今日は古泉君強制送還、自宅で養生する事!」

 長門が頷くのを一応待ってから団長命令が下った。ハルヒも俺と同様、長門が首肯すると確信していたようで、首肯を確認してから命令が発されるまで微塵の隙も無かった。四対一で古泉以外がそうするべきだと言ってしまったら、イエスマンな奴には反対意見は捻り出せないだろう。
 とてつもなく一般人な俺を含めて、団員は何故か、全員長門製のナノマシンでも飲んだんじゃないかと思えるほど健康体だ。そういえば、前に古泉がこの部室が既に異空間化しているみたいな話をしていたから、其の所為かもな。色んな力がせめぎあっていて飽和状態が如何のこうの。
 話がずれたな。とにかく、ほぼ年中無休のSOS団は欠員自体はありえないわけではないが、病欠なんて滅多に無い。どんだけ健康なんだ、この団。だからつまり、ハルヒ含め女性陣の心配も解らなくは無いもので、例のアルバイト以外で欠席した事の無い古泉が相手だと尚更頷ける。古泉風に言えば、此処で意地張って結局倒れでもしたらハルヒが閉鎖空間でも発生させるんじゃないかね?―――まさかとは思うが。
 思惑通り古泉は諦めて、苦笑しながら帰り支度を始める。と言っても置いたばかりの鞄を持つだけで其れは済むのだから、ちょっと見たら追い出されたようだ。

「ああ、そうだわ。キョン、あんた、古泉君家まで送って行きなさい。私達も買いたい物あるから、今日はこれで終わりにしましょ」

 お開きは構わんが、送って行く程か?

「流石に無いと思うけど、もし途中で倒れたりしたら如何すんのよ。私やみくるちゃん、有希じゃ運べないもの。あんたが古泉君運ばないで誰が運ぶのよ」

 いやいや、長門なら可能だと思うぞ。
 とハルヒに通じない屁理屈を捏ねる理由も無ければ、捏ねるのも面倒だし、確かに途中で倒れられたら厄介なので、言われたとおりにする事にする。そこまで体調悪いとは思わないが。
 ことはとんとんと、当の古泉を放置して進み、本人は俺とハルヒの会話を目で追っているだけのようだった。其の間に長門は本を閉じ、閉じる音と俺達の会話の終了が同時に起こってから数秒後に朝比奈さんが着替え始めたので、俺と古泉は即退室。ハルヒが無理矢理手伝っているのか、慌てている朝比奈さんの声と横暴なハルヒの声と、衣擦れの音をBGMにして、

「すみません。僕は大丈夫ですから、そのまま帰ってくださって結構ですよ」
「自分の顔色見て、あと、何時からそんな顔だったか考えてから言えよ、其れ」

 言った古泉に正論を返すが、まだ何か言いたそうだった。しかし、これでくだらん理屈を並べられては面倒なので、俺は恥をしのんで一言付け加える事にする。

「いいから、お前、たまには楽をしろ。罰は当たらん」

 ぼんやりと、まだ青い窓の外を見ながら言った。古泉がどんな顔をしていたか視界に入ってないんで知ったこっちゃ無いが、とりあえず口は閉じたようなので、そのまま中の三人を待つことにする。
 そうして俺達は、古泉の体調不良を理由に、いつもよりも何時間も早く解散の運びとなった。明るいうちにとハルヒは朝比奈さんと長門を引っ張って街へ向かい、俺はいつもと違って古泉と同じ方向をとることになる。「本当に倒れたりしたら、絶対連絡入れるのよ!忘れたら容赦しないからね!」とハルヒから厳しく言い聞かされ、だったら一緒に来ればいいと思ったのだが、大勢で居たら古泉的に心休まらないと感じたのかもしれない。なかなかあれで、結構察する事の出来る奴だからな。……常時であるとどんなに嬉しい事か。

「なんていうか、―――有希もそうなんだけど、古泉君て無理してるのかどうか、言わないし顔に出さないから全っ然わっかんなくて心配になるのよね」

 あんたしっかり送りなさいよ。と、少々不満げな、得意のアヒル口を少し尖らせて漏らしたハルヒの言葉に、俺は概ねどころか全力で同意するね。二度もこいつと真っ当に意見の合致をする日が来ようとは。ヘンテコだとは思いつつも、付き合いは続けてみるもんだ。

( He is not gentle to himself though why. )


 
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