今更ながらつくづく苦手だと思った。自覚したところで、結局苦手だった。誰にだって苦手なもののひとつやふたつあるだろう。今日私は其れに当たった。なんてついてない。なんて運が無いんだ、私。
 足が長くて何を着せても着こなしてしまって鳶色の瞳が妙に色っぽい整った顔の金髪のイタリア人マフィアなんていう、とんでもなくレアな生き物に、何で会ってしまったんだ。

 * * * *

 下駄箱に着いた時、はその気配に―――騒がしさに気づいた。眠気に負けて教室で昼寝をした為、夕陽はもう沈んでいる。部活生が帰る時間なので騒がしくて当たり前なのだが、種類が違うように感じられた。けれど爆音がしなければ銃声もしないし、叫び声や突っ込む声もしないようなので、多分自分には関係ないだろうと高を括っていたところ、
「あ、さん!」
 声を掛けられた。条件反射で顔を上げると、知らぬ顔というわけではないのだが、同学年で付き合いの無い方面の女子が数人。先ほどの随分を歩いていたようなそうでもなかったような、顔ぶれ。何故向こうが自分を知っているのか、などとは考えなかった。転入初日に雲雀とやり合った自分の名前が拡がっているのは知っているし、校内でネクタイを締めている女子なんて希少過ぎるだろう。
「えっと。何か用かな?」
「あのね、私達が用があるってわけじゃなくて、あの……」
 彼女は軽く手を挙げ、指を刺す。其の向こう、視線を追うと、校門に向かっていた。
「……えっと、あの喧騒はあたしに関係あるの?」
「うん。知ってるかって、さっき聞かれて。呼んで欲しいって……」
(ははあ……なんとまあ奇特な方々か。わざわざ帰り際に顔見知りでも無い生徒を探すために戻ってくるとは。これで私が後ろに居なかったら如何するつもりだったんだか)
 そんなの表情も読まず、彼女達は躊躇いがちに続けた。
「あの、さん。年上の彼氏とか、居るの?」
「へ、なんで? 年上どころか彼氏なんて生まれてこの方一人も居ないけど」
 うそ!、と大袈裟に驚かれる。はいまいちその彼氏だの彼女だのに頓着が無いので、如何反応していいのか困った。此処に来て告白されたことは何回か在るが、全て後腐れ無いようにさっぱりすっぱりお断りしてきた。自分とお付き合いしたところで、そこそこ楽しんでもらえるくらいの社交性は持ち合わしているつもりだが、恋人としてお付き合いするのはきっと楽しく無いだろうと踏んでいる。第一好きでも無い人とお付き合いするわけにも行くまい。
(もしかして、お付き合いを全て断っているのにも理由があるのか?「年上の彼氏」論は)
 頭を捻ったが、其れよりも、用があるなら顔を出さないといけない。は伝えてくれた三人に礼を言い、足早に校門へ向かった。
 校門について、後悔した。激しく後悔した。




「いつまで不機嫌なんだよ、
「貴方が目の前から居なくなるまで、かな」
「うわ、酷すぎる」
 仕方ないだろう。だってそれまで不機嫌なんだから。
「何が如何して私は貴方と美味しくパスタなんて頂いているのやら……」
 思いっきり解り易く、は溜息を吐いた。向かいにある、明らかに日本人では無い顔がへらっと笑った。
 ディーノ。
 の記憶に因れば、顔見知り程度の、少なくても美味しくパスタを頂くような仲ではまだなかった気がする青年だ。綱吉の兄貴分のような、部下が居なけりゃ相当ヘタレのギャバッローネ十代目ボス。確か中学生に手を出したらロリコン扱いを受ける程度の年齢だろう記憶している。七つも違えば駄目だ。多分。
「お前なんかとんでもなく失礼なこと考えているだろ」
「あれ、なんでバレた?」
「顔に出てる」
「おかしいなー、ずっと不機嫌な顔で御飯食べてやろうと思ったのに」
 十分不機嫌な顔だ。と返って来たのは気にせずに、はくるくるとフォークを回して適量を口に運ぶ。流石イタリア人というかなんというべきか、勝手に決められたメニューはとんでもなく美味しくて、其れがまた口惜しかった。
 特に理由は無いが、はディーノが苦手だった。彼の持つ全ては嫌いではない。今更マフィアが嫌いだとほざくつもりもなく、部下がいないとてんで駄目でも別に有りだ。むしろ好感が持てる部分の方が多い。柔らかい金髪は綺麗だし、鳶色の眼だって実は好きだし、ボスの風格というか余裕というか、そういう雰囲気というものを持っている。にも関わらず人懐こい感じもあって、何処をとっても女好きする容姿。も少なからず良いものだと思っているののは確かだが、どうも、あまり一緒に居たくないのだ。
(……波が合わないと言うか、何と言うか)
 見つからないように溜息を吐いて、目の前に居るので結局咎められた。
「ていうか、何の用?」
「ん、別に。一緒に飯食おうと思っただけさ。お前を誘うのには其れが一番だからな。タダ飯好きだろ?」
「大好き。……いやだから、じゃなくて、何か用があったんじゃないの?」
「無い」
「は」
に逢いたかっただけ」
「……………………」
「おいこらドン引きするな」
「あれ、なんでバレた?」
「顔に出てるっつの」
 白々しく言うとディーノはくしゃっと笑って同じ言葉を返した。やはり悪くない―――いや、特上の笑顔だとはしみじみ思い、微笑んだ。おそらく今日を呼びに来た彼女達は、その容姿にやられてわざわざご足労して下さったんだろう。余計なお世話だったが。

「……はあ」
 も悪いとは感じている。彼とはイタリアに居た頃からの知り合いだが、待遇は良かったと記憶してる―――忘れるギリギリだけれども。相手がキャバッローネ十代目だからか、人となりはまだ記憶しているようだった。其の好印象にも関わらず、あまり一緒に居たくない。
「なんでかな……」
 手を洗って、鏡の前で思い悩む。ディーノの何がいけないのか、自分ではさっぱりわからない。人も良いし顔も良いし、まあ危険だが地位も高い。さらに強くて、頼りがいのある男だ、部下がいれば。部下抜きのヘタレ具合なんて、一緒に和食でも食べれば解る。今日みたいにイタリアンとか、西洋料理なら喜んでついて行くが、いくら奢って貰えるとは言っても箸を使う料理だったらはついて行くのを渋っただろう。最終的に「奢り」の部分に負けて行くだろうが。
「ちがうちがう、そういう問題じゃない……。そう、ヘタレは全然問題じゃないんだよなあ……」
 嫌ってはいないのだが、懐けない。理由は解らない。
 懐いたら、負けな気がするのは何故だろう―――何故だろう?
 溜息を吐くと同時に降りてきた髪を直し、適度な時間を鏡の前で潰して、席に戻ろうと化粧室を出た。未だ苦悩の表情で、ディーノが居るだろう席を見ると、
「……良い男は違うねえ」
 良い、という表現で当てはまる男はの知っている中にも何人か居るが、彼らはまだ子供で、だからこそそんなことにはならない。彼らとの違いといえば、ディーノは大人で、何処か余裕があって、茶目っ気もありそうな、遊ぶには丁度よさそうな感じを受けるのだ。
 だからだろうが、
「ナンパされてるよ。目立つもんなあ……」
 テーブルに女性が、二人。其処で嬉々としてディーノに話しかけていた。慣れているのかディーノも適度に付き合ってやっていて、人懐こい笑みを浮かべている。が戻ってくるまでの暇つぶしのようなものなのだろう。
 一緒に来ているとしてはあまり面白いものではなかった。このタイミングで戻ると絶対気まずくなるのに違いないのだ。あるいは、絶対自分が嫌な思いをする。制服のままだから尚更彼女達に子ども扱いされ(こっちは十倍は辛酸舐めているというのに)、妹さんですか?とか言われて(似てないけど、彼女よりは確率が高いだろう)、ディーノは少し笑って見せて。
(何て言うんだろう)
 まあそんな感じ、とでも、応えるのだろうか。
 其の応えは決して間違っていない。と彼の間に何も無いし、ただなんとなく、ディーノが思いつきで一緒に御飯を食べる程度の、仲。約束なんてものは何もなくて、ただ、なんとなく居るだけで。一方的に時間を共にするだけで。
 彼の方から。与えられていて。
(―――ああそうか、だから、あたしは)
 理由は解って、自分が嫌になって、居た堪れなくなって。
 はテーブルに戻ることなく、店を出た。

 流石に夜の空気は冷たい。いらいらの募った頭には丁度いいかもしれない、と思いながら、は駐車場まで歩き、ディーノと乗ってきた黒い車の窓をノックする。中に居たディーノの部下―――ロマーリオはすぐに気づき、少し慌てたような態度で窓を下げた。ポツリと、ボスは何やってんだ、と呟いたのをは確りと聞いた。
「どうしたんだ、嬢ちゃん。ウチのボスを振ったのか?」
「あの人は置いてきました。寒いから、中入りますよ」
「置いてきたってな……」
 渋い顔されたがは気にしない。勝手に後部座席にどかっと座り腕を組んだ。
「何かあったのか?セクハラされたとか」
「だったら車に戻ってきません。そのまま帰る」
「じゃあ如何した?」
「……あたしがあの人を苦手にしてる理由がわかって、むかついたから帰ってきた」
「理由がわかったのか。良かったじゃねーか」
「そりゃあ、まあ、そうなんだけども。うう」
 確かに、理由がわかったのは良い。これを機にもうちょっとぐらいはまともに相手が出来るだろう。結局のところあたしの勝手な受け取り方だったわけだし。
 解っていてもは溜息を吐かずに居られなかった。自分がこんなに子供だとは思わなかった。十五なんて歳は当たり前に子供で、ディーノとは七つも違って、仕方の無いことだ。解っているからこそ、頭が痛い。仕方の無いことで悩むのは嫌いだった。答えが出ないから。
「あたしはさ」
「ん?」
「あの人が、あたしを甘やかしてる感じがするのが、いや」
 無駄に拾い車内でぽつりと呟くと、運転席で爆笑された。其れボスに言ってやんな、と一頻り笑った後に言われたが、死んでも言ってやらん、とは反論した。そんなこと言ったら、其の時点での負けになるのだ。そんなこと、絶対言うものか。
 同年代の十倍は辛酸を舐めて生きてきたは、誰を相手にするにも何処か大人びて、子ども扱いされるのに慣れていない。子どもの頃にそうされた覚えは一度も無い。子どもなんて関係ないところだったし、子どもで居る方が大変なところだったから。
 甘やかされるのは、慣れていない。
 彼は大人で、よりもずっと余裕がある。が愛想の無いこと言っても苦笑して済ませ、むすっとした顔をしていても肩を竦められて終わるのだ。
「ま、無意識だろうからな。ひたすら鈍い人だが、頑張れよ」
「何をだ、何を」
 彼の余裕や、大人の振る舞いをあたしは素直に受け止められるんだろうか。
 相当の努力が必要な気がする。そう思って溜息を吐いて、は頭を悩ませた。
「多分、あたしって、ツンデレなんだろうなあ……」
 流石にそんな日本語は知らないらしく、運転席のロマーリオが聞き返したが、はなんでもないと返した。次はもうちょっと素直になってみようと些細な決意をしていると、
「お前、やっぱ此処か!勝手に帰るなよなー……」
「楽しそうだったから、邪魔しちゃ悪いかなと思いまして」
「なんだ、寂しかったのか? 
「………………」
「だからドン引きするなって」
 漸く現れたディーノに、結局いつもと同じような反応しか示せなかった。
 けれど矢張り決意は功を奏してくれていたようで、家の前まで来て、いつもなら送ってくれたことと食事の礼を言って終わるところに、
「今度はいつ逢える?」
 一言付け加えていた。ひどく自然には付け加えていた。故意でなく、そう思ったのは本当で、正直なところ素直になろう計画とは関係無しにそう思って、自然に言っただけなので、ディーノが固まってからは自分がいつもと違う言葉を掛けている事実に気づいた。
(なんだ、子どもっぽい表情して)
 一瞬だけ固まったディーノの顔を見るとそう思えて、そう思ったところで、彼がいつもより景気良く破顔したので。
(う、わ……)
 不覚にも、ドキっとしてしまい。
 これだから、足が長くて何を着せても着こなしてしまって鳶色の瞳が妙に色っぽい整った顔の金髪のイタリア人マフィアなんていう生き物は苦手なのだ、と思って、眩しいくらいの笑顔で返答する其の生き物が、酷く癪だった。

( 与えられるばかりなんて! )


back