依然、睨み合いと言い合いは続いている。
 外は豪雨。けれども二人の家はそれ以上に、さならが台風のように荒れていた。ルークの自室には雨に打たれたのであろうびしょ濡れのルークと、傘が役立ち足元だけ濡れているアッシュと、いつもならこの家にはいない存在が、びしょ濡れでちょこんと座っていた。

「だって可哀想じゃんか!」
「可哀想で助けられりゃ世の中餓死者なんて出ねえんだよ!この屑が!」
「〜〜〜〜っ、この頭でっかちデコから禿げちまえ!!」
「な!!??」

 相当な破壊力を持つ捨て台詞を吐かれ、アッシュは一瞬反応しきれず、其の隙にルークは制服のまま椅子に引っ掛けていた上着を掻っ攫って部屋から出て行った。勿論、この喧嘩の要因となった存在を拾うのを忘れずに。
 いつもなら逃がさない筈であるのに、反応が遅れたアッシュはドアから走り去るルークの後姿しか捉えられず、あとはバタバタと階段を駆け下りる音と、勢い良くドアが閉まる音しかしなかった。。
 捕らえられた其の一瞬、ルークに抱えられた猫と眼が合った気がしたが。
 そんなことよりも、準備無し家出をかまされた(せめて傘ぐらい持って行けあの馬鹿野郎!)原因である為、暫く猫嫌いになりそうであった。




「……、ルーク」
「ガイ。家入れてくれ」

 ルークは拒否を許さない視線でそう訴えた。同時に「なー」だか「にゃー」だか鳴き声がした。
 外は大雨、ルークは上着の中に猫を抱えており、傘一つ持っちゃいない。というか、上着以外制服のままではないか。なんなんだ厄介事は勘弁してくれ。などと言えるわけが無い。
 ルークはただただ、「ガイが断るわけがない」と言わんばかりの態度で、「入れてくれ」とそこそこ下手に出ている物言いで実質上の命令を下しているだけだ。
 此処で入れるのを断ってそのまま豪雨の中に戻して、最終的にアッシュに拾われたとして、入室を拒否したとでも伝われば。更にそれでルークが風邪でも引いた日には、
 ……アッシュに殺される。
 そう確信出来るほど、あのファブレ家の長男は、とてつもなく遠縁に当たる同じ顔のこの少年に、最早「くそ」が付くほど甘いのである。
 だから、ガイは経緯も気になるからと良い訳を自分に付けて、ルークを招き入れた。

 経緯なんて、多分、アッシュと喧嘩したとかその辺なのだろうけれど。

「わかった……、入れ」
「やった、ありがとな!」
「どーいたしまして。……それよりお前も其の猫も風呂に入れ。俺の命が危うい」
「は?」
「いや気にするな。こっちの話だ」

 疑問符を浮かべるルークと猫を風呂場に押し込んで、ガイは嘆息した。嗚呼よかった風呂沸かしておいて。違うそうじゃない。なんであいつはこんな天気の中猫なんて連れてるんだ。アッシュはどうした?あいつが外出させるわけがない。……、もしかしなくても、

「家出とかかましたんじゃないだろうな、ルーク」

 風呂場と廊下を隔てる扉の向こうで息を呑む気配がして、ガイはまたしても嘆息。一度私室に戻り、ルークが前に泊まりこんだ時の彼の衣類を引っ張り出して脱衣所へ持っていく。其の頃にはルークも猫もシャワーに打たれているらしかった。そう思っていると扉が開いて、ひょい、と猫を差し出される。洗い終わったらしい。嫌がる猫を拭きつつ経緯を聞きだす。
 以下要約。(ルークの説明は私情を挟みすぎ長ったらしいので)

 雨に打たれてた猫を拾ってアッシュに怒られた。

 そうだ。(なんと一行!)
 ルークはおそらくアッシュを怒らせる天才なのだとガイは思う。猫にしてみれば酷い話ではあるのだが、言われた通りにしていれば二人とも安泰だというのに(そして自分にこんな役は廻ってこなかったのに)。
 言い方を変えれば、ルークもアッシュも互いにかなり気持ちをぶつけていると言えるのだが。

「あんまりムカついたから「禿げろ」って言ってやった」
「…………お前、勇者だなー」
「だってあいつ、俺のこと屑屑言うし、猫は捨てて来いって言うし」
「後半はアッシュが正論だと思うがね」

 そう扉に向かって言ってやると同時に、猫が腕の中からひゅんと逃げ出す。この雨で家は閉め切っているから、本格的に逃げ出す心配は無い。それどころか懐いているらしく、すぐにガイの下に戻ってきた。
 そうしてガイは猫を抱き上げてから、ルークが黙り込んでいる事に気づいた。アッシュの言でも考えているのだろう。あれでルークは愚か者ではない。アッシュが正論だということはわかっている。
 其の踏ん切りがつかないところが、アッシュと折り合いが悪いのだろうが。

 ……日頃は眼も当てられないぐらい仲良いくせになあ……。

 だからこそ、いきなり喧嘩をするのかもしれないが。
 黙りこんだのを良いことに、ガイは居間に戻りテーブルに放置していた携帯電話を手に取る。
 鳴らすのは、勿論。


 三分後。
 ルークと猫はアッシュに引き取られ、ガイの自宅は平穏を取り戻した。

( すれ違うこともあるし 馴れ合う事もあるけど 君の居ない日々なんてもう想像することも出来ない )


back