人魚姫の夢をみた。
そんなことを言って来た。
最近せがまれてそんな話を読んだ覚えが在る。願いが叶わなかった人魚の話だ。
適当に流して部屋に返しても良かったけれど、
聞き返すと、泡になる夢をみた、と言った。
からだが薄くなって、手が透けて見えるんだ。
なんだかとても怖くて、手から透けて見える地面は白くって。
それでも空は青くって、なんだか冷たい感じがする。
何も変わらないはずの空が、全然違うものに見える。
だんだん涙声になりながら、言う。
空白の片端に残った死への前触れの記憶。
よりにもよってそんなものを思い出さなくても良いだろうに。
扉の前で佇むレプリカは相当情けない顔だった。
そんな情けない顔をするな 一応俺と同じ顔なんだ 見るに耐えねえ さっさと止めろ。
おそらくそんな内容のことを口走ったと思う。言ったスピードが早過ぎて自分の事だがよくわかっていない。
……そうじゃない。
別のことを、思っていた。
消える事を知ったあいつを、それでも前に進もうとしたあいつを、それでも笑っていたあいつを。
……アッシュ。
レプリカの表情が変わった。珍しいものでも見るかのように眼を見開いた。それほど俺はあいつに傾倒していたことになる。口惜しい話だ。
なんでもねえよ。適当に誤魔化して、部屋に引っ張り込んだ。
怖いのか?
……、うん
聞けば、どもりながらそう答える。引っ張った手ががたがた音が鳴るんじゃねえかってくらい震えてやがった。嫌に冷たい。
怖いよ。
消えてってくんだ。
ざわざわしてってくすぐったくて、泡になってって。
手を伸ばしても何もつかめなくて。
そのまま素通りしちゃうんだ。
そうやって、また泣きそうな面しやがる。
だから、其れは止めろと、さっきから言ってるのに。
聞きやしねえ。耳ちゃんと機能してんのかこいつ。
だったら呼べば良いだろう。
へ?
触れねえんなら声にしろ、お前を誇示しろ。
誰か一人ぐらい気づくだろう。
自分の声で眼も覚めるだろ。
さっさと戻って寝ろ。付け加えて溜息を吐く。
呆けた面でレプリカは俺を見ている。眼が合うと漸く何度か瞬きをして。
抱きついてきやがった。
放せこの屑うぜえんだよ!
だの何だの言っても聞きやしねえ。こんなところは何にも変わらねえ。
やっぱりこの馬鹿レプリカは記憶が無くても馬鹿レプリカだった。
何言っても離れないで、結局朝まで部屋に居座り続けた。
人のベッドで眠って、人に抱きついて眠って。
本の角で眉間を殴りたくなるほど幸せそうな面で眠りやがった。
( ねぇ、誰よりも愛しているよ、今も )
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