たとえば、恋をしたとする。
 そのひとがとても好きで好きで、如何にか為っちゃいそうなぐらいに。
 けれど其れが叶う可能性というのは、果たしてどれだけのものか。
 そう考えると、私という人間はとても幸せ者で、そして自信を持って『幸せ』といえるほど、自惚れているのかもしれない。

 まあ、 「自惚れっていうかマジ話だから平気っしょ」 とか彼に言われる気がして、そう言われるのがちょっと嬉しい。








 ゆるゆると意識が戻ってくる。瞼の裏に光を感じて、其れに襲われないように思いながら薄く眼を開ける。事前の覚悟も何の其の、西陽は簡単に私の瞳を眩ませた。

「眩し……」
「こんな時間だしねえ、そりゃ眩しいってもんだろ」

 何処からか―――下?から声がして、瞼を押さえた左手を下ろしながら、細めた眼で其方を向く。
 絶句。

「……」
「あらら、口ぱくぱくしちゃって可愛いー」
「ゼロス? な、何? 何してるの?」
「何って、昼寝してた」
「いや、うん。あぁ、そうなんだ、……で、なんで、其処?」
「一番具合が良さそうだったから」
「……、あの、さ」
「何?改まっちゃって」
「恥かしいから、退いて?」
「嫌」

 満面の笑みで言われ、無理矢理動くわけにもいかず、私はしょうがなくゼロスが其処に居る事を許す事にする。
 其処というのはつまり。
 ……私の太股だったり、する。
 とてつもなく恥かしいけれど、俗に言う、膝枕。

ちゃんってば気づかないんだもーん。俺様良い夢みれちゃった」
「感謝してるなら退いて欲しいなぁ……」
「嫌」

 同じ言葉を返される。かなり悲しい。わかってたけど。
 いや別に、私だって、ゼロスが嫌なわけじゃない。わけじゃ、ない、けど……、

 何なんだろう、この、『嵌められた』感と『お約束』感は。

 呆れつつ、ソファの背に身体を完全に預ける。……ふと思い立って見やると、やっぱりゼロスの足は投げ出されていた。見たところ二人掛け、頑張っても大人二人子供一人が座れる程度のソファだったから、ゼロスの結構高かったりする身長だと、入りきるわけが無い。第一、私が端に座ってるし。

「ゼロス、私が退こうか? 狭いでしょ?」
ちゃん退いたら意味無いだろ。却下」
「却下って……」

 えっと、ゼロスは昼寝がしたいんじゃなかったっけ? だから手近にあったソファに寝ようとしたら私が先に座ってて、しかも眠ってて。
 そういうわけで、私の太股を枕にしているんじゃないの?

 ……そのことを追求したら、何故か話の流れで夕飯前だというのにゼロスに美味しく頂かれそうになってしまって。

 ……そういえばなんでゼロス此処に居るんだろう?

 落ち着いた頃には陽は沈みきっていた。
 相変わらず、ゼロスは私の膝を占領している。
 眠る気もないのに、ただ瞼を落として、至極穏やかにしている。
 浮かんだ疑問を訊いて其れを邪魔するのも何なので、黙っている事にしておくけれど。
 脚は結構辛い。
 本当、退いてくれないかなあ。

 昼間ざわめいていた街が少しだけ落ち着き始める。階下では先に夕食を摂り始めた私達以外の宿泊客が、賑やかにしている。
 かすかな物音と、聞き取れはしない話し声。
 まるで世界が緩慢な其れになってしまったようで、
 さながら私達が部外者のようでもあって、
 世界の端に、二人だけ追いやられているみたいで、
 柔らかい時間を過ごし、また眺めているような気がして、

 ――― 心地好い。

 昔、こういうことがあった。
 それはとてものんびりした世界の中で、何にも囲われていない場所で、とにかく其処は安らぎに満ちていて―――安らぎ以外何もないようにも、今なら思ってしまう。
 それが嫌だったわけじゃない。勿論、他にもあったとは思う。楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、苦しいこと、あかるいこと、くらいこと。
 ただ、今は。

「なんかね」
「うん?」
「ゼロスと居ると、なんていうか、すっごく、色んなものを感じてると思う」
「俺様の愛とか?」

 多分、からかうつもりで言ったんだろうけど。
 当たっていたりしちゃったので、私はそのまま頷いた。
 ゼロスの表情が固まった気がするのは、気のせい、かな。

「嬉しい事も、悲しい気持ちも、すっごく鮮やかな感じがして、其の時其の時が過ぎていくのが切ないぐらい。―――でも、しあわせ」

 ゼロスと一緒に感じられるのが、しあわせ。
 言い切ってから恥かしくなって、それでも反応を示さないゼロスの表情を見やると、ゼロスはおもむろに起き上がって、やっと私の脚(実はそろそろ辛かった…)を開放したかと思ったら、

 抱き締められた。

「!!??」
「本っ当、俺どうにかなっちまいそう」
「ぜ、ゼロス???」
ちゃん、可愛すぎ」

 其の言葉に、多分私は耳まで真っ赤になってる。熱を測れば火傷でもしそう。やってみなきゃわからないけど、臍ではなく額でお茶が沸かせるかもしれない。別に笑ってるわけじゃないんだけど。ああなんだろう混乱してる。
 なんでこう、その、こうさらりと恥かしいこと言えてしまうのか、ついていけてない気がする。

「だいじょーぶだって、俺はちゃんとずっとちゃんの隣居るから」
「えーっと……、何か言ってることが違う気がするんだけどー……?」

 それでも、
 やっぱりこうしてもらえるのは、嬉しくて。
 今の私は世界でも有数の果報者なのだと、思った。


 この恋をいつまでも、と。
 ―――想う。

( 不思議だね いつの間にか 溶け合うように並んでいた )


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