「お前は人に好かれるタイプだな」
「え?そうなの?」
「……自覚無いのか」

 はあ、と溜息一つ吐いて、ダークは風呂上りで濡れている髪を乱暴に拭いた。向き合う彼とは違う、彩度の低い灰色から水が飛び跳ね、リンクが「飛ばさないでよ」と騒ぐ。かく言う彼も、未だ其の髪に水分を含み、大袈裟に動いては其れを飛ばすのだが。
 久々のベッドに腰掛ける。カカリコ村は今や唯一といっていいほど、ガノンドロフの軍勢に襲われていない村だ。神殿の影響もあるのだろう。だからこそ、こうして気を抜いて宿を取ったりする事も出来る。

「こうして宿が取れたのも、其の大量の消耗品も、お前の人柄だぞ」
「??? 人柄で宿って取れるの、ナビィ」
「……ナビィ、リンクのそゆとこ好きだよ」

 つまりは天然なところということか。
 彼の相棒も少し呆れている。面白いコンビだとつくづく思う。

「人懐こいし、その歳で素直で純朴だし―――まあそれは仕方ないが―――、何より人受けする顔してるからな」
「ダークも同じ顔じゃない」
「性格からくる顔つきの違い、だろう」
「うーん、よくわかんないけど、得してるってこと?」
「まあ、そんなもんだ」

 宿を探して人の家を廻り、犬のような顔をして請願し、もう主もいなくなっていた屋敷を借りる事になり、あんなに大喜びすれば、貸した大家も嬉しいだろう。
 つまり感情表現が多彩で起伏が激しい。田舎の純朴な少年そのままに。
 中身がこれだからな。

「……全く、信じられないな」
「え?」
「よく知りもしない奴相手にそうも親切になれることだ。……お前を含めてな」

 敵である自分に対し「戦いたくない」と述べ、さらには「一緒に行こう」とまで言う。いくら時の勇者といえ、それでいいのかと此方が頭を悩ましてしまう。機会があるのに止めも刺さず、彼に付いて行っている自分もまた問題だけれど。
 これはただの先延ばした。
 いつかは剣をもって向き合わなくてはならない。
 其の手を真っ赤に汚す日が来る。
 其れがどちらの手か、今は知りようの無い事だが。
 この甘美な時間は限りがある。

「ダークは僕が信用できない?」
「――」

 簡単に頷けるはずも無く。また簡単に首を振るわけにもいかなかった。
 信じられるといえば嘘になる。けれど、信じられないといっても嘘だ。
 境界線が見つからない。決定打が何もない。

「そういうわけじゃない。ただ、……そんな曖昧なものを信用するのか、と思っただけだ」

 言い訳くさい言い分だと思う。
 方向性を変える、ずるいやり方だ。
 けれど自分は彼に真っ直ぐ向き合える手立てがない。
 自分に理由は何処にも無い。
 何も、知っている事など無いのだ。感得している知識凡てが、あやふやなものだから。

「ダークはあんまり人に触れないから」
「――」
「僕と一緒に居るようになっても、そんなに僕以外と話したりしてないし」
「……大抵怯えられる」
「そんな怖い顔してるからだよ」
「喧嘩売ってるのか?」
「そうじゃなくて、えーっと、なんだっけ?」

 気が抜けた。リンク本人は「あれ?」と首を傾げている。ああこんなのが時の勇者でハイラルは大丈夫なのか。何で俺が心配してるんだ。
 「つまり!」と突然ベッドから腰を上げて此方側のベッドに来る。たった一メートルにも満たない距離を、やけに気合を入れて歩く。丁度ダークの前に立つと、ぐわしと其のタオルを掴んで、ダークの髪を、本人がやっていた以上に乱暴に拭く。

「な、何すんだ!?やめろ!」
「あはは、ぼさぼさだ!」
「お前がしたんだろが……あーもう離せ!」
「はい。こんな風にあまり本音で騒がないでしょ?」
「――?」
「だから、もっとこうして、言いたいこともバンバン言って、喧嘩ぐらいしないと。むっつり黙ってたら何もわからないよ」

 誰かといるのは楽しい。
 独りでいるのは寂しい。
 そんな簡単なことだってことが、わかる。
 でもその簡単な事を伝えるのは難しくて。
 かたちがないものだから。

「僕は皆を信じてるし、ダークのことも信じてるし、大好きだよ」

 先日あったばかりの。
 しかも敵である相手に。
 屈託も無く笑える彼は、本当に戦うことに向いていないと思う。
 けれど、
 ああ なんだろう この気持ちは。

「っ!」
「ダーク」

 そのまま引き寄せられた。
 なんとなく、引き離すのは躊躇われる。
 彼の鼓動が良く聞こえる。
 それすら、危ういというのに。
 それすら、曖昧だというのに。

「信じられないなら、こうしていればいいよ。きっとわかるから」

 いつもいつも、こうして、ぎゅっとして

「何度だって言うよ。僕は、ダークの事大好き」

 恥かしい事を言うな。
 と、引き離すのに、時間が掛かった。

( 形がないものならばいつも感じい居ればいい )


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