「怖くないわけ?」
「は?」
其の問いかけにルークは聞き返した。主語の省略はまだしも、動詞と疑問符だけとは、たとえルークが見た目どおりの十歳だとしても理解できないし、実際にはたった七歳である為理解なんて言葉は遠い。
何が、と聞き返すと、質問者であるシンクは珍しく真っ直ぐにルークを見て言った。
「これから死んじゃうんだ、なのに、怯える様子もないから」
「死ぬって決まったわけじゃないだろ」
「決まったようなものだよ。音素の乖離、第七音素の大量消費、しかもそれが他人から無理矢理にって、レプリカなら即死ものだ」
普通なら、とあとから付け足すことも忘れない。其の様にルークは苦笑した。まあ、確かに自分は普通のレプリカではない。完全同位体。同じ音素振動数。何が起こるかわかったもんじゃない。
それでも、ルークはそれなりに実感していた。乖離しかけているのは本当だし、これからすることを考えるととんでもなく負担が掛かりそうだ。
おそらく。
消えてしまうんだろう、と。
「……」
「だんまり?どっかの誰かさんみたいな顔しちゃって」
「……え、俺アッシュみたいな顔してるのか?やだな」
「……」
「言ってないん、だよな。アッシュには」
「……」
「何も言ってない。大爆発の予兆が出ている事も、乖離が始まりそうな事も、このまま、アクゼリュスに行く事、も」
「如何して?」
「……なんか、シンクがそんな風にするのって珍しいよな。人に質問してくるって」
「……どういう意味?」
「なんつーか、自分の中で片付けてるっつーか、あんまり興味持たないっつか」
寂しそうな顔をして、笑う。シンクはそれがあまり好きではない。おそらく自分達の誰もが、そうやって笑う彼を好いては居ない。
いつだって、あんな馬鹿面して笑ってれば良いのに。
「アッシュに言ったら、多分、怒るし、止められるし、……監禁されそうだし」
「在り得ない話じゃないね」
「だろ?そうなったらシンク達も面倒だしな。避けれるものなら避けたいけど……。でもさ、多分、これってどうにもならないだろ。えっと……『ふかひ』? ってヴァン師匠言ってた」
「不可避。避けられないって事」
「そうそんなかんじ。……俺が消える事、仕方が無いんなら、出来ることしようって思ったんだ。アッシュはそういうの、嫌がるし、さ。……だから、」
「だから、何も言わずに行くって言うの?」
「………うん」
「下らない自己満足だな」
「うん……」
いつの間にか止まっていた足を動かす。最初に動かしたのはルークだった。シンクも送れて歩き出す。
こんなものは、自己満足で。
こんなものは、欺瞞だけで。
それだけしか、生まれなくて。
残るのは、置いていかれた誰かだけなのだろうけれど。
「俺さぁ、」
「?」
「アッシュのこと……好き……だけど、シンクも結構好き」
「ふーん」
「照れてる?」
「殴られたいの?」
「遠慮します……。でさ、シンク」
「何?」
「その、ごめん。……送ってくれて、ありがとう」
ルークは笑って。そう言った。
同時に、二人は立ち止まる。
アクゼリュス第十三坑道。
奥には瘴気。けれどセフィロトへと続く道。
パッセージリングを抹消する為の、ルークの道。
「じゃあ、―――さよなら」
たった一言。
振り返りもせずに。
そう言って。
一番言いたい人には伝えないで。
ありがとうとか、ごめんとか、さよならとか、好きとか何とか。
言いたい人が、居るだろうに。
「全く……、人を伝言板扱い?」
そんなこと、自分で言いなよ。
( 残された らくがきのような 消せぬ思いも 君と僕とは違うのでしょう )
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