いつからだろう。

 大きな窓から光が射す。 天井や壁に映る朱の色は、ルークの朱色の髪を照らして、尚更明るい色としてアッシュには見えた。
 夕陽の色に似ている、彼の髪。
 同じはずなのに、七年分―――もうそれ以上か、とにかく違うその生活の所為か、微かに違う色を見せる彼の髪。はっきりとした赤色の自分の其れとは違い、やわらかい、明るい印象を与える朱色。

 いつからだろう。
 時々、其れに無性に触れたくなるようになったのは。
 ふと触れると、彼は大抵一瞬驚いた顔を見せて、それから、

 ……下らん。

 自分の行き着いた思考にそう結論付ける。触れた次の瞬間の彼の顔が想像出来てしまった自分にか、そんなことで喜ぶ彼にか。
 どちらにしてもあまり自分に都合の良くないようで、悪くないような気もした。

 思う先の彼はといえば、窓から見える夕陽をただ黙って、楽しそうに見詰める。眩しそうに、眼を細める。
 どうしてだか興味がわいて、彼の隣に立つ。

「綺麗だな」
「…………」

 同意を求める声に、沈黙で返した。それでもルークは不安そうな顔をするわけでもなく、少しだけ寂しそうな顔をして、また夕陽に視線を戻した。
 アッシュにも言いたいことはあるけれど、其れを言うとこのやわらからい雰囲気が壊れてしまいそうな気がして、それに簡単に同意するのもなんとなく癪な気がして、沈黙を守った。それだけだ。
 流れ込んでくる風が優しい。意識せずに、アッシュは隣のルークに視線を向けた。表情は見えない。緩やかに揺れる夕陽と同じ色をした髪に、また、無性に触れたくなる。
 だから躊躇せずに、手を伸ばした。
 後頭部の髪に指を絡ませて侵入させれば、突然のことにルークはびくり、と反応を示す。その間に撫でる動作を何度か繰り返すと、彼は一度此方を向いて、驚いた顔をする。何か言おうとして口を開いたが、結局そのまま閉じた。

 ルークが振り向いた先のアッシュの表情は、いつもより数段優しく見えた。微笑んでくれてるとか、そういう意味ではなくて、ただなんとなくそう感じた。だから口を噤んで、夕陽に向き直った。この空気を壊してしまうのはやはり勿体無いし、何より彼のその優しい表情が、直視を続けると消えてしまいそうな気がしたからだ。

 撫でるという行為を繰り返す。
 むしろ梳くという其れに近いのかもしれない。彼の夕陽色の髪が指の間を通る感覚が、かすかにくすぐったく、こそばゆく感じる。アッシュの視線は、一心にルークに注がれていた。その視線が気になるのか、時々チラリと此方を覗き見、眼が合うとさっ、とルークは視線を逸らせた。

 何度も何度も、梳かれていく髪。
 こそばゆくて、無意識に微笑んでしまう。 アッシュからは見えていないだろうから、「へらへらするな」と怒られることもない。
 なんて彼の手は優しいんだろう。
 勿論、撫でられるという行為を今まで誰にもされたことが無いわけではない。けれど、彼の手は今までのどんな手よりも、またどんな行為よりも優しく感じられる。

 幸せなのだと、こっそり思った。

( 誰よりも近い場所にいることを自覚する )


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