「あれ……、居ないのか」
いつもどおりにノック無しにあけた扉の先には、目的のアッシュはいなかった。水分を飛ばしつつタオルで髪を掻き毟りながら、ルークは勝手知ったると言わんばかりの態度でアッシュの部屋に入る。少しだけ開いている窓から入り込む夜の風が、湯浴みで火照った体を冷たく掠めて心地好い。
しかし困った。湯浴みを終えたら終えたでアッシュがまだ済ませていないことをメイドから告げられ、促そうと此処に来たのだけれど、当の本人が居ないとは。広い屋敷だから、何処かで入れ違いになったのだろう。骨折り損とまではいかなくても、何だか拍子抜けだった。
なんとなく落ち着く場所を求めて彼のベッドに腰掛ける。本当に、何処に行ったんだろう。まあ彼のことだから、突拍子も無く出かけるなんてことはないだろうし、今頃メイドに見つかって入浴真っ最中だったりするんだろうけれど。
「詰まんねーの……」
そう口にして、アッシュのベッドに勝手に転がった。足は投げ出したまま。ぎし、と少しだけベッドは悲鳴を上げてルークを受け止める。未だ水分を含んだままの髪がシーツに広がる。
多分、後で怒られるんだろうな、シーツ濡れるし。
確信に近い予想をたてながらも、なんだか面倒くさく感じて、怒られる原因を修整しようとはしなかった。
音も立てずに、風が流れる。冷たい夜気を部屋に送り込む其れに、とろとろと眠気を誘われる。このまま眼を閉じたくなる。けれど、微かに鼻孔をくすぐる香りに、一瞬眼を見開いた。
アッシュの匂いだ。
とても近くに居るとき。抱き締めてくれるとき。其の髪から、其の腕から、彼から流れ込んでくる微かな香り。特別何か香水の類でもつけているわけじゃないはずだけど、 ……それとも、つけてるのかな。
「……、どっちでも、いいかな」
心地好い香りがすることには変わりない。とても落ち着く香り。其れが作られたものでも、彼が故意につけたものでも、彼から自然発せられる微かな其れとしても。
自分が好きな其れには、変わりないのだから。
勿論、一番は彼に他ならないけれど。
「……っ、 おいこの馬鹿!」
眠りに落ちようとした意識を起こしたのは、その香りの本人の罵声にも似た声だった。
( 思い浮かべられる何かを見つけるだけで、嬉しいんだ )
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