「……、睫毛なげぇなあ……」
俺もこんな顔して寝てるのかな。
隣でうつ伏せに眠る彼を見下ろして、ルークはポツリと呟いた。
纏っているのはシーツ一枚。起きて早々、何枚も自分と彼の上に重なっていた一枚を羽織っただけだった。
昨夜のように一緒に寝ることなんて時折あるぐらいで、その度彼は先に起きているから、この同じ顔をしている筈なのに如何してだか自分より凛々しい顔立ちをしている気がする彼の、珍しい寝顔を拝むなんてなかったけれど。
珍しいことに、ルークは朝陽と同じくらい早くから何故か眼が覚めてしまったので、こうして其の珍しい寝顔を拝めたのだ。
まじまじと寝顔を見詰める。いつもなら、「何の用だ」と相変わらずの鋭い目線で声を掛けられてしまうので出来ないけれど、こうして見ると、やっぱり同じだだなあ という感想が生まれてくる。
寝るときはいつもそうなのか、いつもなら綺麗に掻きあげられている前髪が降りているし、寝顔も常からは想像できないほど穏やかというか幼いというか、そんな表情だから、殊更自分と同じ顔ということを思い知る。
や、俺がアッシュと同じ顔なのか。
思い直して、苦笑する。久しぶりだった。彼の、アッシュの、『ルーク』のレプリカだということを思い出したのは。もう誰もそんな風に接しないし、アッシュも以前のように『レプリカ』なんてぞんざいに呼んだりしないから、忘れていた。かといってアッシュがちゃんと名前で呼んでくれることなんて、本当に、本当に極めて僅かで希少なことだけれど。
ああでも、
昨日は呼んでくれたな……。
そのことに思いつくと、そのまま昨夜の行為を思い出して顔が熱くなった。そうして俯くと、自分の身体のあちこちに彼につけられた痕があること、身体が思うように動かせないことに気づいて、尚更恥かしくなる。
ああもう、全部お前の所為だ。
「―――……アッシュの」
馬鹿。阿呆。頓馬。変態。我侭。横暴。いじめっ子。意地っ張り。負けず嫌い。ボケ担当。しかめっ面。蛸食べられないくせに。
などなど、つらつらと思いつく限りの罵倒の言葉を、果てはまったく関係ない言葉を述べていると、
「いつか口に蛸突っ込んで―――」
「……ぅ」
「!?」
隣のアッシュが小さく呻いたものだから、驚いて体を強張らせてしまった。しばらく呆然と彼を眺め、恐る恐る顔を覗き込むと、うつ伏せのまま動く様子はなく、変わらず小さくゆっくりと呼吸を繰り返しているだけだった。
「……びびったー……」
強張らせた身体から力を抜くと同時に安堵の溜息を吐く。
よかった、聞かれたら怒られる。そうじゃなくても絶対何か言われる。じゃなければ何かされる。絶対的に俺によろしくないことを。…………怖っ。
溜息と伴に降ろしていた瞼を上げると、未だ眠るアッシュが其処に在った。
安らかで
穏やかな
幸せそうな
寝顔。
「夢でも見てんのかな」
さして微笑むわけでもない。まあ常の彼から考えれば、たとえ夢だろうと何だろうと、笑顔を見せるなんてそうそうないことだろうけれど。
ああでも、……綺麗、だな。
本当に自分が同じ顔なのか怪しまれる。元がいいから、やはり寝顔も悪くない。眠っていて大人しい分、ルークにとっては好都合かもしれない。
落ち着いたところで、またアッシュの顔を覗き込む。肩が髪が滑り落ちて、彼の頬に触れてしまった。それでも顔を顰めただけで彼に起きる気配はない。またしても杞憂に終わった焦りと、そう終わったことへの安堵を感じる。
ただ寝顔を眺めるというこの行為が、如何してこんなに忙しないのか、自分に対して呆れた。
「なあアッシュ」
穏やかに呼吸を繰り返すアッシュに、聞こえてないとわかっているからこそ声を掛ける。
こんな珍しい時間。優越感。
それから、いつも感じる、
―――しあわせ
「お前、知らないだろ」
降りている前髪に手を掛けて、アッシュの顔をよく見えるようにする。いつもみたいな、眉間の皺は何処へやら。声に出さないように笑うと、ルークは更に身体をアッシュの方へ傾けて、眼を閉じて額に唇を落とす。音も立てずに触れて、離れて、誰も見ていない、アッシュすらも感じていないと解っていながらも羞恥心が沸いてきて頬を染めるが、しなければよかった、などと後悔はしなかった。
きっと、お前は知らない。
だって一度もそんなこと口にしてないから。
つか言ったら恥かしくて卒倒しそうだっつの。
お前も意地張って怒りそうだな。お前、俺より意地張るし。
『だから伝わらない』、ってわけじゃないだろうけど、
「俺が、お前のことすごく好きだってこと」
お前が思ってるよりも、
お前が感じてるよりも、
ずっとずっと、もっともっと、
「……大好きだよ、アッシュ」
アッシュの瞼がほんの少し震えるのが見えて、ルークは更に頬を染めた。アッシュに背を向けるように、顔を見られないようにベッドに身体を倒した。
( 気づかれないように、そっと口付けを )
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