ぎしり、と寝台のスプリングが軋む。同時にルークは眼を閉じた。目の前の光景が見るに耐えなかったわけではない。ただこれから行う行為に、途轍もない羞恥心を感じていた為だ。
 引き寄せられた体は触れたところからすぐ熱を持っていく。温もりとか、鼓動とか、そんなものがリアルに的確に感じられて、また頬に熱が集まる。きっと顔は赤くなっていて、それを見られて笑われているんだと、気配でなんとなく勘付いた。

「……んぅ…」

 ゆっくりと唇に触れられる。なぞる指はそれはもうじれったい触り方で、くすぐったくて、おかしな声が出そうだ。ていうか出てるじゃん俺の馬鹿。
 瞼の向こうでくつくつと笑う声がして、薄く瞼を上げる。声通り口角を上げているのが見えて、悔しくなって睨みつけた。
 アッシュが問う。

「なんだ?」
「……別にっ!」

 ふい、と顔を背けて言うと、また笑われた。何が面白いのかはわからないけれど、ルークとしては頂けない。そのまま腕の中から抜け出そうと試みて、思いのほか強く寄せられている事に、驚くと同時に少し嬉しくなった。絶対言わないけど。
 ルークが逃げ出そうとした事に多少の焦燥を感じ、アッシュは事を急いた。此処に居られる時間は、短いのだから。ああいうルークの反応は嫌いではないが、逃げられたら意味がない。
 力を込めて、ルークを押し倒す。毎度毎度していることだが、白いシーツに短いながらも朱色が拡がる様はやはり魅入るに相応しい。その髪をさらりと撫でて、見上げる翠の双眸に唇を落とす。ルークが小さく声をあげる。
 ぎしり、と音をたて少し身体を離すと、ルークが慌てたように言った。

「な、なあ、アッシュ!」
「なんだ」
「……その、」
「……なんだ」
「今日、も……する、のか?」

 愚問だと思った。下らない。
 自分は至って健康な十七歳であって、身体の下の存在もレプリカとはいえ(彼は実際問題七歳児であるけれど)、健康な青少年の身体である筈。それゆえに生じる問題を解決する、という理由を盾にして此処にいるのに。まさに愚問である。
 盛大に溜息を吐くと、噛み付きそうな勢いでルークが起き上がり、衝突しそうになるがアッシュが其れを回避すると同時に騒いだ。

「おまっ、今下らないとか思っただろ!」
「思ってねえ」
「ぜーったい思った!!」

 実は自分に気づかれないように回線でも繋げているのではないか、と思うほど的確に内心を当てられ、アッシュは目を逸らした。其れすら追求され、仕方がなく溜息と伴に言ってやる。

「愚問とは思ったがな」
「思ってんじゃん!この変態!!」
「うるせえ、テメエだって溜まってんだろうが!」
「ば、なっ!っ!?なんでお前が俺の事情知ってんだよ!そうじゃねえかも知んねえだろ!?」
「そういう言い訳しやがる時点で大正解だろうが!屑が!」

 其処で漸く怯んだルークを睨みつけて、溜息。ああもう、何を如何したくて、こいつは今更こんなことを。アッシュは一気に萎えた。
 ルークは不貞腐れた子供のような、髪を切る前の頃のようなくそ生意気な表情でアッシュを睨みつけている。とりあえず、するにもしないにも、こいつの話を聞かねえと進まねえってことか。

「何なんだ、突然」
「……」
「嫌だったらそう言え。無理矢理やって懇願させてやる」
「意味ねえだろ其れ!……其れに、別に嫌じゃねえよっ」
「じゃあなんだ?」

 そう問えば、黙りこむルーク。
 何がしたいのか、さっぱりだ。

「………おい」
「……………」
「無理矢理やられたいらしいな」
「いいいい言うから!ちょっ、待っ、脱がそうとすんなって!!」

 上着の二つの釦を外したところで、アッシュは止まってやった。手を離すと、ルークが「けだもの」だの何だの叫びながら、寝台の上を座ったまま移動した。器用な奴だ。
 其れから短い時間無言で睨み合って、漸くルークが折れた。

「だって、………」
「聞こえねえ」
「ううーっ、……やったら、その……じゃんか」
「はぁ?」
「〜〜〜〜っ、しちまったら、夢中になって、其のまま寝ちまうだろ!!」
「だからなんだ。もう少し要領を得やすい話し方をしろ」
「……だ・か・ら!……其れで、終わりになるだろ」
「…………」
「其れだけやって―――別にするのが嫌なわけじゃねえけど―――、其れだけじゃん。起きたら朝で、……アッシュ、居ねえし」

 もっと何か、一緒に居たいし。
 もっと話したりとか、傍に居たりとか。
 傍に居るのを感じたいっていうか。

 余程恥かしいらしく、ルークは顔を上げることなくそう紡いだ。
 それはそれは、アッシュの唇が弧を描くに相応しく、且つ耐え抜く事が難しそうな、表情。
 仕方がない。たまには、我慢してやるか。

「……、あーっもういいよ!何でもないから!」
「…………」
「ん、今の忘れろ!」

 この耐えられない羞恥をルークはさっさと流そうとした。このまま黙られてはやってられない。何とか早く状況を変えてしまいたい。頼むから何か言ってくれアッシュ!
 ちらり、と覗き込めば、アッシュは微笑んでいた。
 そんな優しいものじゃない、とわかっているのだけれど。
 そんな優しいものだ、と思ってしまうほど、やさしいものだったから、しょうがない。

「わかった」
「え?」
「お前の好きにしろ」

 俺は何もしねえからな。
 言外にそう告げて、アッシュはルークに背を向ける形で座った。
 怒られるか何か言われるかと思っていたルークは、きょと、とアッシュの背中を見る。さらさら流れる紅い糸がとても綺麗で、月明かりに浮かんでいて。とにかく綺麗で、何故かいつもよりアッシュが優しく見える。
 アッシュがこんなこと言うなんて、在り得ねえ。
 そう思いながらもやはりそれは嬉しいもので、好きにしろ、というお言葉に甘える事にした。
 ぴたり、と背中に抱きつく。

「……何をするかと思えば」
「好きにしろっつったのお前じゃん」
「こんなことかと呆れてるんだ」
「駄目か?」
「別に」
「そっか。……ありがとな、アッシュ」

 臆面もなく、恥かしいことを。
 何故そうもあけすけに言えるのか、アッシュに知り得たことではないが。
 一瞥したときのルークの顔が、其処の窓から投げ捨てたくなるほど幸せそうであった為、まあいいかと疑問を放り出した。

 多分、こんな夜も悪くはないから。

( 大事な時間だから、もっとゆっくり過ぎて、もっとゆっくり感じていたい )


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