「そいやルーク、この間バチカルの宝石店いたでしょ?しかも女の人と」
「ぶふっ!?ゲホ、……なんで知ってるんだよ、アニス」

 やっぱり一人で呼ばれたのだから一人で来るべきだったと、ティアは手元の紅茶に向けて溜息を吐いた。そう、せめてアニスと来るのではなかったと。飲み掛けていた紅茶をアニスの言葉に合わせて勢い良く噴いたルークを見て、ティアはそう思った。

「ふっふっふー、トクナガには千里眼があるんだよー」
「まあ!それは本当ですのアニス!」
「そう!トクナガは高機能!高性能!スペシャルトクナガへと進化を遂げたのだー!」
「それは素晴らしい。其のうちアルビオールのように空を飛ぶことも出来そうですね」
「スペシャルトクナガ……、本当に素晴らしいですわ!夢が詰まってますのね!」
「おーい、話がずれてるぞー。二人とも、いい加減止めろって」
「トクナガ……」
「お前もずれるなよ」
「トクナガさんは飛びますの!?ミュウも乗りたいですの!」
「……お前は少し黙ってろ」

 ファブレ邸の応接間は、それはもう賑やかだった。ルークの記憶では確かにティアだけを「来て欲しい」と呼んだのだが、何の示し合わせか、連絡なしに休暇をとって遊びに来たジェイドとガイと、二人が引き連れてきたミュウと、ミュウが言い出して誘ったらしいナタリアと、たまたまユリアシティで一緒になっていたからとティアが連れてきたアニスと。
 結局。二年前、いやもうすぐ三年前とも言えるあの頃と、何ら変わらないメンバーが揃っていた。
 全員で揃うなんて滅多に無いことだし、それはルークにとっても嬉しいことではあるのだが、如何せん、これではティアへの用事が済まないというもの。今日は保留かな、と思いながら思い出話や近況報告に花を咲かせていた丁度其の時、
 アニスがそんな爆弾発言をしたのだった。

「で、ルークが宝石店に何の用だったんですか?」
「しかも女の人とー?」

 至極楽しそうに笑うジェイドとアニスに、ルークはなんかもう泣きたい気持ちで一杯だった。チラ、と隣のティアを見れば、何ら変わらない様子で紅茶を啜るティアが居た。

 これはこれで、傷つくな……。

 実年齢八歳のルークには、とても厳しい状況であった。片手で顔を覆って、盛大な溜息を吐く。ここまで興味無く振舞われたら、流石に凹む。自分だけが必死になっているみたいで、

「……別に、関係ねえだろ」

 こんな風に、誰かさんではないが棘々した言葉を返してしまうのだった。ああ自分も体外素直ではない。

「浮気はいけませんわよルーク!王族として恥かしくないのですか」
「何の話だよ!」
「というか浮気は王族じゃなくても恥かしいと思うんだが……」
「そうだよー。ほらほら、本命が泣いちゃうよ?」
「全くですねえ。ずっと待っていたというのに。ねえ、ティア?」
「え?あっ、わ、私ですか?」

 突然振られて、焦ったのはティアだがルークの内心も汗だくのようなものだった。多分ここで素っ気無く応えられてしまえば本気で凹んでしまう。しばらく公務とかやってられないぐらいには凹むだろう。其れぐらいの確信がある。
 言ってしまえば、それぐらいの、想いがあるのだから。

「気になりはするけど……、ルークが言いたくないのなら、仕方が無いわ」

 一瞬だけ、ルークを見たティアの空色の瞳にほんの少しだけ不満を詰まらせていた。

 ああ、もう。
 それでいい。
 それだけでいい。
 なんて想う俺は、情けないかな、ティア。

「もう!ちょっとくらい妬こうよティア!」
「へ、え?な、何を?」
「絶対変換間違ってますわ……」
「あっはっはっは。まあ相変わらずなんでしょうね」
「ルーク、言ったら如何だ、本当のこと」
「べ、別に何も……!」

 そんなじゃれ合いが終わったのは、日が沈みかけていた時間で。
 結局ルークは口を割らなかったし、ティアも追求することは無く、最後にはルークの味方にまでなっていた。








 そういえば、ルークは何の用だったのだろう、と。ティアが思い出したのは、いざ帰ろうと玄関に立った時だった。
 思い出したと同時に、

「ティア!……ちょっと、いいか?」

 珍しく真面目な顔で、ルークに声を掛けられた。
 帰りを急ぐ理由なんてないし、寧ろ久々に逢って名残惜しいぐらいであったから、ティアはすぐに首肯を返して、彼について中庭まで出た。
 初めてルークと逢った場所だと、ふと思い出す。
 あの時は、兄を倒すことに頭が一杯だったし、ルークもあんな我侭な世間知らずのお坊ちゃまだったものだから。
 こんな気持ちを抱くようになるとは、露ほどにも想わなかった。

「ごめんな、わざわざ呼び出しといて」
「いいのよ。偶然とはいえ皆に会えたし、楽しかったわ」
「うん、そうだな。俺も楽しかった」
「それで、如何したの?今日は」
「ああ、うん、えっと……」

 促すとルークはしどろもどろとでも言うか、少し困ったような照れたような顔をして、視線をそこらに飛ばしている。やがて意を決したかのように咳払いを一つして、真っ直ぐにティアを見る。
 其の視線に少しだけ頬が熱くなる。

「あの、さ。今日アニスが言ってた事なんだけど…―」
「宝石店の?」
「うん。あれ、屋敷のメイドに付き合ってもらって、探してたんだ」
「何を?」
「その…………」

 ああ、如何言ったら良いだろう。ルークの意地を張りたがる心は其れを簡単に言ってしまうのを拒否している。
 首を傾けて先を促すティアは、不思議そうに視線を向けていて、答えなきゃいけないと想っているのだけど、あまりにも恥かしくて言い難い。

「ティアに、プレゼントしようと、思って」
「!」

 一瞬何を言ったのか、全然理解できなかった。
 あのルークが、
 わざわざメイドに頼んで、
 公務で忙しいだろうに、
 宝石店まで足を運んで、
 何を探していた?

 私に、プレゼント?

「え、でも、別に何か貰うようなことは…」
「考え自体は、前からあったんだ。でもあの頃はバタバタしてて時間全然無かったし、帰ってきてからはきてからでまたバタバタしてて……、やっと暇見つけたから、探してたんだ」
「でも、如何して……」
「俺のこと、見ててくれた、し」

 それは、とても嬉しかったんだ。
 変わると決意したあの時。変わる自分を見ててくれると言ってくれたあの時。
 其のことへの感謝も、ある。

「それに……ティア、もうすぐ誕生日だろ」
「え?……そうだったかしら?」
「やっぱ忘れてたか」
「……ごめんなさい」
「いや、謝ることじゃねえけどよ。……あとひとつ、あるし」

 まだ他に?とティアは首を傾げる。
 ていうか、これが大半を占めてるんだけど。
 息を吸う。熱を冷ますように夕暮れの空気で胸を一杯にして、思いっきり吐く。
 ルークはポケットから小さな箱を取り出して、ティアの手を―――左手を取った。
 言わなきゃ、いけない。
 ちゃんと言わなきゃ。
 曖昧にしちゃいけないんだ。

「……、早いけど、誕生日おめでとう」
「ありがとう。……開けても、いいかしら?」
「うん……、ってあああちょっと待ってくれ!俺が開ける!」
「え?え、ええ」

 渡した途端に取り上げられて、とりあえずティアはルークが其の箱を開けるのを眺めた。
 ルークは箱から其れを取り出すと、もう一度深呼吸。ああ、これまでの人生―――といってもたかだか十年に満たない普通とはかけ離れた其れだが、それでも此処まで心臓が鳴り捲ったことが在っただろうか。

 でもこれは、
 きっと在る意味約束で、きっと在る意味約束なのだ。
 誰へのということもないが、あげるのならば、或いは彼へ。
 そして、誰よりも君への。


「俺と、ずっと一緒にいてください」


 其の掌に、銀の環を置く。
 ティアは、暫く固まって、顔を真っ赤に染めて、慌てたように、何度も瞬きをして、視線をきょろきょろさせてる。
 言葉を理解するのに、相当時間がかかった。

「え、と。ルーク、これって、その」
「……、説明させんなよ」

 真っ赤な顔をして、ルークが言った。不貞腐れた表情をして一瞬瞼を落としてから、真摯な瞳に戻って見詰め返してくる。

 ティアは、見詰め返せない。
 未だ混乱しているのだ。

 ああ、如何しよう。
 嬉しい、のかな。多分、嬉しい。ううん、絶対嬉しい。
 ―――嬉しい。
 あの時以上だ。バチカルの街で、鐘を聞いたあの時以上に、嬉しい。
 顔が熱い。きっと真っ赤だ。
 如何しよう、なんて、言おう。なんて応えよう。
 ルークは、真剣に私を見ている。
 うん。
 そうだ。
 答えなんて決まってる。
 だってずっと待ってたのだから。

 あの日からずっと、

 あのときからずっと。




 ……すき。




 だから、小さく、頷いた。


「…………はい」


 夕陽を跳ね返して、二人の銀の環はきらりと輝いた。

( まるでそれが当たり前だったように、環は指にぴたりと嵌った )


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