あまりにも良い天気で、風が心地好くて。
まさに、ピクニック日和とでも言えそうな、天気。
そういうわけで、ルーク達は、安息日というか休息日というか、とりあえず、今日を「そんな日」として決め込んで、のんびり過ごす事にした。
部屋に篭もるのは勿体無い、そう思って散歩に出てみた。ジェイドに「あまり遅くまで遊んではいけませんよ」とか何とか子ども扱いされてからかわれて宿を出る。
しかし、エンゲーブという村は相変わらず畑だらけ。ミュウぐらい純粋で無邪気であればそれでも楽しいだろうが、ルークにとってこの牧歌的過ぎる村は少し物足りない。
途中でガイが畑仕事に借り出されているのを見つけて、手伝おうかとも思ったのだが、見たところ相当な重労働らしいので、ルークは何も見なかったことにした。ガイ曰く「ハッタリ筋肉」の自分では役に立たないだろう、頑張れガイ!とまあ勝手な言い分でしまっておいた。
そういえば、ティア達は何をしているんだ?
ふと思いついた疑問をミュウに投げ掛けてみるも、「知らないですの……」と何故か落ち込まれてしまい、其れを微妙な励ましで立ち直らせてから、探す事を提案する。
村中を歩き回っても見当たらなかったので、すこし外に出てみる事にした。
変わらず快晴、心地好い風。こんな天気に部屋に篭もっているジェイドはどうかしてる。
本人に聞かれたら何かされるに決まっているが、その本人が何処にもいないのでルークは気にしない。
さて、見つからない彼女達を探そうと、村の周囲をぐるりと回る事にした。農地面積故に相当な広さのエンゲーブを回る、なんていうとんでもない思考をした自分に少し腹が立ったものの、のんびりと良い時間潰しにはなったので、結果的には良かったと思う。
目的の彼女達も見つかったのだから、尚更だ。
見つけた途端に不審に思った。三人揃っているのだが、その三人全員がしゃがみ込んで草原の中から何か探そうとしている。何か落し物でもしたのか。
「おーい、何してるんだ?」
結構な距離があったので、声を大にして言うと、美しいストレートの髪を揺らしてティアが一番に振り向いた。
ルークに気づくと、微笑んで見せて手招きをする。ルークは素直に其処へ向かった。少し下り坂のようになっている道を、転びそうになったミュウを掴んで駆け下りる。
「あら、ルーク、居ましたの?」
「さっき声掛けたろ。ティアしか気づかねえし、耳遠くなったか?」
「失礼ですわね!それだけ集中していたのですわ」
「そうそう、『幸せ探し』してたんだから!ね、ティア」
「『幸せ探し』?」
軽口を叩き合ってから、アニスの口から零れた単語にルークは首を傾げた。答えを求めてティアに向くと、ティアは綺麗な微笑みを見せて教えてくれた。
「四葉のクローバーを探していたの」
「なんで?ていうか何だ其れ」
「シロツメクサの突然変異種と言われているけど……これのことよ」
ティアが小さな音を立てて草を一本取った。小さな緑の葉を付けた其れは、丸くて可愛らしい。が、ルークの眼には如何見ても三枚しかない。其の事を問うと、
「突然変異種と言ったでしょう。本来なら三枚しか葉はついていないの」
「へえー……珍しい奴なんだな」
「多分、この辺一体を探しても、一本あったら良いほうなんじゃないかな?」
「うげぇ……、すっげえ珍しいんだな。それって見つかるのか?」
「探してみないとわからないわ」
「クローバーには意味はありますのよ。『神』・『救世主』・『聖霊』を指すらしいですわ」
おおよそ人が請い願いような存在ばかり。三つ揃った葉に、そんなものを重ねるとは。
ティアが口を開く。
「ルーク、四葉のクローバーは何を指すと思う?」
「え?四葉だろ?うーん……」
「神や救世主、聖霊とは違うものなんだよねー」
「え、ノーヒントじゃん其れ。うう……」
答えられず、「お手上げ」とティアに言えば、彼女は指をぴっと一本立たせてがら言った。
「一説には『名声』『富』『満ち足りた愛』『素晴らしい健康』、そして四枚揃って『真実の愛』と言われているわ」
「ふーん、一説にはってことは、まだあるってことか?」
「ええ。どちらかと言うと、私はこのほうが好みだけど」
「何なんだ、其れ?」
「『希望』『信仰』『愛情』。四つ目が
―――『幸福』」
「だから、『幸せ探し』ってこと!」
「しあわせですのー!」
「アニスはどっちかっつーと、『富探し』だろ」
「甘いよルーク。アニスちゃんの『幸福』には『富』が含まれているのだ!」
「本当に金の亡者だなお前……」
「さ、というわけで、ルークも探して探して!そして私に『富』を譲ってね!」
「『幸せ』が抜けてますわよアニス」
其処でアニスが不貞腐れた顔をして、会話が終わり、四人プラス一匹で黙々と幸せを探し始めた。ナタリアが言っていたとおり、確かにかなり集中してしまう。時間の感覚はなくなるし、ふと振り向いたら ああ此処さっき探したんだった とか緑の絨毯を見分けられるようになってしまう。この集中力をもっと活かせたら良いのに、と思った。
暫く『幸せ探し』をしていると、ガイとジェイドまで参加してきた。総勢六名プラス一匹でがさがさと突然変異種を探す。異様な光景だ。ジェイドは探すというより傍観のような状態だが。
幸せというよりもただの珍しいもの見たさになってきたルークが「あーっ!」と声を上げた。全員がルークに向き直る。
「どうした?」
「ありましたの?」
「た、多分!ティア、ちょっと退いてくれ!!」
「え、ええ」
訝しげな顔をしてティアが退くとルークは其処を覗き込んだ。ものすごい集中力で緑の一面を見て、とあるところで眼を輝かせ叫んだ。
「あったぁー!!」
「本当に?」
「うっそー!!」
「ご主人様!見せて欲しいですの!!」
口々に驚きの声を上げ、其の真偽を確かめようとルークの手元を覗き見る。其の手には小さなクローバーが、四つの葉をつけたクローバーがあった。
「すごいですの!四枚ありますの!」
「良かったじゃないか、ルーク」
「ほう……珍しい。本来ならば日陰に出来るものですが、まさかこんなところで見つかるとは」
「大佐。もしかして、見つからないと思ってましたの?」
「こんなに日当たりの良いところだと、普通は在りえませんからねえ」
ジェイド曰く。
四葉は、日光の少ない場所でよく見られる。光合成し難い環境であると、其の分葉を増やして一度に光合成出来る量を増加させて補うのだそうだ。
ならば最初から日陰を探させてくれ。
「其れ早く言えよ……」
「いやあ、もし在ったら素敵だなあって」
「本ッ当に人が悪いなあんた……」
「まあまあ、見つかったからいいじゃないですか」
「そうよ。良かったじゃない、ルーク」
「うん。すっげー、本当に四枚ある!」
四つの葉をつけた茎を陽に照らしてくるくると回して、ルークは本当に嬉しそうに笑った。それからふと思いなおすような顔をして、クローバーをずい、とティアに向けた。
「……?」
「やるよ。ティアんトコにあった奴だし」
「でも、見つけたのはルークだわ」
「いーの。俺は見つけただけで幸せ。教えてくれたお礼だと思って、さ!」
満面の笑みで言うルークに、ティアは少しだけ申し訳なさそうな上目遣いで視線をやり、彼の手にある『幸運』を取った。
ティアが聞く。
「……いいの?」
「いーんだよ。何回言わせんだ、お前」
「ありがとう」
「どーいたしまして」
嬉しそうな顔をして、それでも頬を朱に染めて、ティアは笑った。
受け取ってもらえたルークも心底嬉しそうである。
「良かったじゃありませんか、ティア」
「ええ。本当」
「素敵ですの!」
「いいなあいいなあ!私も欲しーい!」
「其処は愛の差だろなあ」
「じゃあ私の為に探して!ガイラルディア様っ!!」
「ぎゃあ!いきなり抱きつくなぁー!!」
「ちっ、これさえ乗り越えればお金が沸いてくるのに……!」
「そういえば、皆さん知っていますか?」
声を大きくしたジェイドに、全員が話すのをやめてジェイドを向く。
逆光で眼鏡の奥の眼は見えないが、口元は相変わらずの笑みで。
其の笑みが、ルークは無性に怖くなった。
「何をですか?」
「四葉のクローバーの花言葉ですよ」
「葉っぱにも花言葉があるのか?」
「ものによってはあるんだ。四葉のは俺は知らないがね」
「で?大佐、何なんですかー?」
「四葉のクローバーの花言葉は、確か
―――『私のものになって』」
「「!!!!??」」
其の言葉に、ルークは心臓が飛び出る気がした。
動悸が激しくなって、上手く言葉が紡げない。
何か言わなきゃいけないのに、混乱した頭は何も言ってはくれず。
ルークは気づかなかったが、ティアも同じぐらい混乱していた。
( 同じ幸せを )
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