はあ、と溜息一つ吐いて、ルークは椅子の背に寄り掛かる。朝から始めて二時間、昼食摂ってそれから三時間。うわ馬鹿じゃねえの俺。なんだこりゃ、アッシュ並に働いてるじゃんか。
一応双子と言うことで公認されている現在キムラスカ国王陛下な自分のオリジナルを思い出し、働いたこと以上に嫌悪感を覚えてしまった。何でこんなに働いてんだよ。其の顔はかなりアッシュに似ている。
誰かに見られたら怒られるだろうが、まあどうせ誰も来ないだろう。高をくくって、行儀悪いが椅子の脚を浮かせてふらふらと後ろの二本だけでバランスを取る。何故だかこれは落ち着いたりする。
書類ばかり読んで、印ばかり押して、案ばかり考えていた目と手と頭が疲労困憊。少し休憩したってバチは当たらないだろう。うん。
机の上に積まれている書類を眺める。レプリカ達に関する議会やマルクトとの協定、彼らの住む場所、戸籍云々、問題はまだ山積みで、これに一年付き合ってきているルークは其れでも根を上げていない。自分に帰ってくる問題だから。同属意識。同類意識。
彼らの中にもちゃんと自我を持ち出した人も居て、恋愛関係に発展しそうな二人も居る。そうなると婚姻まで問題は発展してきて、戸籍問題の処理が急務になってきていた。アッシュと二人尽力するものの、結構問題に手が追いつかない感じ。多分アッシュは其のうち働きすぎて倒れて、ナタリアに怒られる。絶対。
というわけで、ルークは毎日毎日、仕事に追われていた。
疲労は感じるものの、悪い日々ではない。
軟禁されていた七年間比べれば充実している。
其の後の恐慌して殺伐としてそれでも楽しかった日々とはまた違う充実感。
やりたいことをして、逢いたい人にあって、言いたいことも言えて。
手が届くところに、幸せがある。
気分転換も予て庭に出る。ペールはもう居ないけれど、今の庭師も人が好く、季節に応じて美しい花を咲かせている。其れがルークがよく此処に足を運ぶ理由だし、目当ての彼女がいるところだ。
夏の日差しが眩しい。夏場は大変だろうと、庭師がベンチと屋根まで作って、庭師というか大工というか、とにかく作る事が好きらしい。そう言ったら照れくさそうに笑っていた。其のベンチに、いつも彼女がいることをルークは知っている。
ほら、いた。
ベンチに腰掛けて、やんわりと其の随分大きくなった腹部に手を当てている女性。
「ティア」
呼びかけてみると、返事はない。近づいてわかった。眠っている。昼寝の時間らしい。
起こさないように、そっと其の隣に腰掛ける。穏やかな寝顔にくすりと笑ってしまう。昔とはちがい『大人びた』ではなく『大人の女性』らしい彼女の、それでも幼く見える寝顔。
昔も綺麗だったけど、今はもっと綺麗だ。
思ってから心底恥かしくなる。何考えてんだ、俺。声に出してないよな。周りをきょろきょろ見回す。
昔はもっと近かった背も、何とかルークの方が伸びて、それを言ったら「まだ成長するの?」と微笑まれた。このままだったら絵にならない、と先に背が伸びたアッシュに愚痴をこぼしたこともある。
幸せだな、と思う。
隣に君が居る。
そして、君の中に俺達の命がある。
ティアの開いている左手をやんわりと握る。小さな手。戦ってきた手。耐えてきた手。待っていてくれた、手。
守りたいと思う手。
君が思うもの凡て。君が抱くもの凡て。
「……」
声に出そうかとも思ったけれども、出してしまうとなんだか安っぽい感じがしそうで、止めておいた。
探していた幸せは、最初随分遠くにあったけど。
それでも、俺は幸せで、君が幸せで居る事が、幸せ。
ティアの瞼が震える。間を置かず其れが上がって、空色の瞳がルークを見る。寝起きのぼーっとした顔で彼を確認すると、少し驚いた顔をした。
「おはよう、ティア」
「……寝顔を見てるなんて、悪趣味よ」
「見たら寝てたからしょうがないだろ」
言うと不貞腐れたような顔をして、「もう」と言ってきた。寝ていたことで崩れた姿勢を直して、ルークに向き直る。
「仕事は?」
「一応、休憩中。ずーっとやってたらアッシュみたいに眉間に皺寄っちまうからな」
「ふふ、本人に聞かれたら怒られるわよ」
「居ないからいーんだよ。居たら言わねーもん」
「あら、アッシュなら此処に居ますわよ」
「え、うっそ!あああああアッシュなんでいるんだよつかナタリアも!」
「随分な言い草だな、ルーク」
あああ見えるアッシュの眉間の皺が三割増しだ。超怖い。
「って、ていうかキムラスカの国王陛下と其の后が簡単に外出てくるなよ!!」
「くっ、……」
「アッシュがあんまりにもティアの様子を気にしていまして、仕事が手につきませんのよ」
「な、ナタリア!!」
「心配してくれて有難う、アッシュ」
「……」
最強はナタリアらしい。ていうかティアなのかこの場合。
ティアから礼を言われて照れているアッシュはそりゃあもう今この瞬間を残したいほどいい顔をしている。やーいやーい。
「如何ですの?」
「順調ですって。このままなら、予定通り生まれるだろうって」
「しかし、まさかお前に子供を作る脳があったとはな」
「な、なんだよ!何が言いたいんだよお前!」
「別に」
お前其れ多分セクハラだぞ世に言う!!
とか騒いでいたらナタリアから「妊婦の前で騒いではいけませんわよ」と一喝されて押し黙る。
「名前とかはもう?」
「まだ性別もわかってないのに、そう早くは決まらないわ、ナタリア」
「そうですの?こう、毎日仲睦まじく「男の子なら、女の子なら」と話し合っているものだと思っていましたわ」
「なんだその仲睦まじくって……。やっぱりそろそろ、考えとくべきかな?」
「お前らの勝手だろう」
「早いほうがよろしいのではなくて?」
「うーん、でも、生まれてきた子の顔をみてから決めたいわ、ね、ルーク」
「そうだな」
ティアが笑いかけて、ルークがそれに応じて微笑んだ。
ナタリアとアッシュには、それはこれ以上なく幸せそうな笑みで、
ナタリアが小声で「私も身篭りたいですわ」とか言うのでアッシュは心臓が飛び出る思いをした。
幸せだな、と思う。
アッシュがいて、ナタリアがいて、少し遠いけどガイやジェイドも気にかけてくれて、アニスなんかは逢いに来てくれて。
何より、隣に君が居る。
俺達二人の命が君の中に居る。
それが、幸せ。
( 笑っている君が、隣に居る幸せ )
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