目の前の男は。
 なんでもこなせそうな小器用な印象に違わず大抵のことはほいほいと出来てしまう。それをひけらかす真似もせず、上手に人の役に立つのだから、見た目も相俟って人気者。そりゃあもうモテるモテる。なにせ、かっこうがいい。センスもいい。性格も、たぶんいい。面倒見がいい。悪い所はあまり思いつかない。
 だから、はこうして、目の前の彼を観察しながら探しているのだけれど。
「……なんですか」
 欠点がイマイチ見つからない。減点ポイントがない。経歴から結構辛酸を舐めているのだろうし、だからこその処理能力なのだろうけれど、にしたって、世話を焼くのが適度に上手い。
「沖さー、別に草食ってわけじゃないよね」
「僕の質問聞いてますか、さん……」
 彼はキリリとした冷ややかな視線をに向けたものの、溜息一つ吐いてから「貴方も大概人の話聞きませんよね」なんて言う。こちらの質問に答えてほしいところなのだが。
「……どう見えます?」
「兎の皮被った虎かな。知ってる? 虎って発情期に百回以上交尾するらしいよ?」
「どうでもいい情報ありがとうございます」
「ちなみに兎は生後四ヶ月からずっと発情期らしいよ?」
さんが僕にどういうイメージを抱いているのか、よぉっくわかりました」
「夜の暴れん坊将軍?」
「僕と、それから不名誉な名前の使われ方をされてしまった将軍に謝ってください!」
 怒られてしまった。彼はそのまま視線をから昼ごはんに戻した。しょうが焼き定食。がっつりがっつり。
「何か欠点がないかなーって思って」
 が思うに、目の前の沖王太郎という人は完璧である。欠点がないという意味おいて、であるが。それが全てのひとにまるっと受け入れられるかどうかは別である。そういう意味で、パーフェクトなものなど存在しない。けれど、それに限りなく近い存在として挙げられるのが、沖王太郎であった。
「それと僕の恋愛に対する姿勢と、何が関係あるんですか」
「ここまで欠点がないなら女にだらしないとかあればいいのにと思って」
「……あまりの返答に僕は言葉が見つかりませんよ……」
 苦い顔で言う王太郎に、は笑いながらコーヒーを啜った。こいつをいじるのは楽しいと心底想いながら。
さん、僕何度か伝えましたよね?」
「うん。三回ぐらい聞いたかな。曰く、『沖王太郎は、が好きである』だっけ」
 そんな言い方した覚えはありませんけど、などと沢庵をかじる。少々拗ねてしまったらしい。普通は気にかけるところだが、いかんせん、は王太郎のそういう顔が好きなので、にんまりとしてそれを見つめるだけだった。


 王太郎の好きになった人は、ものすごく性格の悪い人である。
 人をおちょくるのが大好きで、マイブームは王太郎の困り顔だと言う。とんでもない人。移り気で執着心が薄くふわふわとしている割に、このマイブームは暫く続いている。終息の気配もなく、むしろ加速している勢いで、王太郎は彼女の行動に溜息が耐えない。
(最近では、告白すらネタにされてるし……)
 どうしてこんな人を好きになったのか。こればかりは疑問でいっぱいである。しかし既に手遅れで、自分の困り顔を見て微笑むを見ると、まあいいかなんて思ってしまうから、仕方がない。
「だったら、僕が他の子に手を出さないのも解るでしょう」
「うん? それとこれとは別ではないのか」
さん、ほんっとに、僕のことなんだと思っているんですか……」
 真面目な声で聞けば、流石に真剣に悩みだした。腕を組み、視線が落ちる。思考を邪魔するのも悪いので、王太郎はもくもくと食事に勤しむ。その間約十五分。そして王太郎が手を合わせ、ごちそうさまでした、と言うその瞬間に。
「あー、わかった。あたしはさ、そんなすごい沖王太郎が、あたしに夢中なのがわからなくて、面白いんだ」
 彼女はそう言ってのけて。
「あたしの目に沖は本当にすごくいい物件に映るわけだけど、あたし自身はそういうニュアンスの興味はないんだよね。だからこそ、かな。たくさんの女の子にキャーキャー言われる沖が、あたしに夢中って、なんか嬉しいよね」
 彼女はそう笑って。
 王太郎が知る限り、彼女は移り気で、執着心が薄くて、ものに対しても人に対してもそれは同様で。
「うん、そうだなあ。あたしに夢中な沖は、結構好きだなあ」
(それって、随分と、ご執心なんじゃないですかね……)
 そう受け取ることにして、心の中でガッツポーズを決める。受け取ったもん勝ちだ。発信者の意向を完全に理解するには、発信者そのものが難解すぎるのだ。
「だからさ、沖君。女遊びしてみてよ」
「なんでそうなるんですかッ!?」
 やはりこの発信者は難解であった。
 あまりの脈絡のなさに声を上げるも、はへらへらと笑って全く怯む様子がない。こういうところは、可愛げがない。何処か達観しすぎているところがあるのだ、この人は。
「いい、よく考えてよ。沖はあたしを好きじゃん?」
「え、ええそうですね」
「それで、あたしは女の子に大人気の沖が、あたしに夢中である事実が好きじゃん?」
「そこで対象が僕自身になってくれると嬉しいんですけどね」
「だから、ここで沖が女遊びして、でもやっぱりあたしのがいいってなったら、あたしもっと嬉しくない?」
「僕の人権はどこにあるんですかね!!」
 今度は流石に机を叩いた。無遠慮に言えば、この女やばい。やばすぎる。なんかこう、人間とかそういうのを超越している気がする。
(世の中で一番おかしい人間は馬場先輩だと思っていたのに……!)
 目の前の女性は、他の追随を許さないレベルでやばい。言葉が浮ばないくらいに。
「――ッ! 大体、それで僕が他の女の子に本気になったら、本末転倒じゃないですか」
 自分でも何を言っているのかよくわからないが、ここは引き下がるわけには行かなかった。このまま適当に流してしまえば、また暫くこれで遊ばれてしまう。こんなネタは流石にごめんだ。なんだって、好きな女に女遊びを勧められなくてはならないのだ。
 しかしは、怖気づいた様子もなく人差し指をピンと立てて、まだまだだねと言う様に振る。
「自分のことがわかってないねえ沖くんは」
「どういうことですか」
「そりゃ、多少この子の方がいいかなって思うことはあると思うよ。そこは心配。でもね、君は結局あたしに戻ってくるのさ」
「はあ?」
 今日ほど、何言ってんだこいつと思ったことはない。
「だって、沖ってばあたしのこと大好きだもんね」
 自信満々、余裕綽々、それでも満開の笑顔を添えて、言い放つ。
 その自信と、余裕と、態度と、何よりその喜色満面っぷりに圧倒されて、
「……なんなんですか、もう」
 赤くなりながらそう言うしか、道は残っていなかった。  

  • 心配はしてるよ、でも信頼もしてる