の朝は早い方だ。そのことについて、彼女を知る人間は大抵「意外だ」と評する。失礼な話である。もっと聞けば、「寝相が悪くて寝起きも悪そうだ」なんて言われるから、はその度に憤慨することになる。
 早起きの習慣がついたのは、必要だったからだ。のような所謂成り上がりは、色んな意味で目立ってしまう。面倒を避けるには、人を避けるのが何より手っ取り早い。おかげで、必要がなくなっても身体のリズムは変わらなかった。
「いいことだと思うけど?」
「こんな早朝から呼び出し食らうことがなけりゃ、ね」
「呼び出されるようなことしなければいいのに」
 育ての親はくすくす笑う。落ち着きがありすぎるようにも思えるが、歳相応にも見えるその笑顔に、はいつも勝ち目がない。育ててもらった恩義がどうこう、という問題ではない。同族嫌悪という奴だ、だって逆の立場ならにやにや笑ってやるのだから。
「いつまでも子どもみたいな顔するね」
「そっくりそのまま返すわよ」
「今年でいくつになるんだっけ」
「十九。多分」
「ああ、子どもだったね」
「うるさいなあ」
 仮にも蒼の派閥内最強とすら評される自分に対して、こんな扱いが出来るのは、二人しか知らない。別に「最強」の名に誇りがあるわけでもないけれど。あんなのは、周りが勝手に言い出したことで、自分の外側の話だ。元々は成り上がりだのなんだのと陰口を叩いていた連中に限って、特別騒ぎ立てるものだから、どちらかと言えば気に食わない。
「大体、あたし悪いこと何もしてないんだから、帰っていいでしょ?」
「義父に対する態度がそれでいいの?」
「そういうところが気に入ってるよと言われた覚えがあるからね」
「うーん、まあ確かにそうだね。でも帰っちゃだめ」
「けち」
「けちで結構だよ。たまには一緒に出かけるのもいいものでしょ?」
 空気の淀んでいそうなあの建物の中にいるよりは、遥かに良かった。聖王都の中央から少し外れたあたりに鎮座する蒼の派閥の清潔な建物に、見た目に反して陰険な匂いをは感じていた。どうにもこうにも、ひねくれた奴が多いので。全部が全部とは言わないが、それでも無視できない程度には。
「わかった。不貞腐れるのやめるから、要件は?」
「機嫌が直ったようで何よりだよ。はいこれ」
 渡されたのは白い紙。特別上等な代物で、派閥内でこれを扱うのは彼だけだ。
「おしごとですか…」
「そう。、僕の知らないところで結構なドンパチしちゃったよね、そのお仕置きかな」
「……なんでバレてるかなあ……」
「僕だって無能じゃないさ」
「無能だったらついていってないけどさ」
 は軽く溜息を吐いて詳細を眺める。お仕置きなどと言いつつも、相変わらずこちらを配慮した内容で有難いものだ。いや、あたしと彼の利害が一致してるだけか。
「妨害、だけでいいの?」
「君に任せるよ。そうでなくても、勝手に動くんでしょ?」
「そりゃあ勿論」
「まあ、君の判断がとんでもないことになるってことはないだろうし、殺しても死なないから、大丈夫でしょ」
「殺されたら死ぬよ。殺されないだけよ」
 にっこり笑って減らず口を叩いて、書類を読み進める。対象にも内容にも問題はないけれど、
(――ん?んん?)
「ちょっと、これ、場所」
「そう。ちょっとした因果だよね、」
 対象は、が最近やらかした相手。相手もを目の仇にしているだろう、組織。内容は、その組織の行動を把握し、必要であれば妨害すること。方法は問わないあたりが、への全幅の信頼と配慮である。繊細な真似は苦手だ。できないわけではないが。いやいやいやいや、そんなことより、だ。
「場所はサイジェント付近の荒野。もう下準備は始まっているようだから、数日のうちに何かするつもりだろうね。というわけで、全速力で」
 言われるのが先かどうか、は「バイバイ!」と口走って走り出した。
「気をつけてね」
 彼が言った先で、キラリと若葉色の光が輝く。もう街の中にの姿はなく、青空に翼竜の影が走っていった。

( あたしの居場所があるんだから、がんばらないと損だよね )