大きな揺れで居眠りをしていた弟が目を覚ました。のんきなものだなと思う反面、目覚めた後の苦々しい表情から察せられる弟なりの感情に気づいて目を伏せる。同じことを考えているのかもしれないし、考えていないかもしれない。僕達はともに育てられたからこそ気質こそ似ているけれど、根本的な性質は四人それぞれ、全く違うように思う。
(こんなこと、考えたことはなかったな)
 今更ながらそれに至った。自分と、姉と、弟と妹。自分が唯一、気兼ねなくいられる場所。父親を経由して繋がる血であるのに、そこに父親の姿がないのは必然だろう。彼は父親であって親ではなく、どちらかといえば、主従関係であるからだ。それを疑問に思ったこともないけれど。
 そんなことを考える必要もないからだ。自分達は、ただ素直に、従順に、父に従っていればいい。そう、それだけでいいのだ。それだけの存在だからだ。それ以外の価値など、きっと母の腹の中に置いてきたのだろう。

 ――待っているだけでいい?

 だのに、彼女はそんなことを言う。愚問だと切り捨てる余裕を、彼女は愚問そのものによって僕から切り捨てた。刃物のような言葉。
 彼女のことを思い出すのは、あまりに天気がいいからだ。蒼穹を見やる。あの日もこんな風に、目が眩むような青空だった。
 侵入したことが発覚したというのに、まるで焦る様子のない彼女は、僕が声をかける前に笑って見せた。
「中庭なんてあるのね、意外」
「……君は、誰だ」
 聞かなくてもわかることだ。計略に関して何かしらの情報を得るために忍び込んだ、外部の人間だ。彼女のように、生きる意志に満ちた人間はそうそういない。雰囲気が既に此処の何にも似合わないのだ。光とか、そんなプラスなものがよく似合う、人間。
 だから、よく、覚えてる。
「そんなこと、どうでもよくない?あたしが誰だろうと、排除するのには変わらないでしょ?」
「――」
「怖い顔して杖を握って……、オンナノコもよりつかないぞ」
「そんなこと僕らに関係ない」
 無愛想に返せば、一瞬きょとんとした顔をして、微笑んだ。少しだけ憐憫を含んだ笑み。それでも、嫌な印象は受けなかった。
「……それもそうか。君達は、魔王に食べられちゃうだけだもんね」
「どうして、知ってる?」
「だって、それを調べるために来たんだもの」
「……っ」
「あらららら、死んでもらおう、って顔」
「当然だろう。君は派閥の機密を知ったのだから」
「そう。まあ、殺される理由にはなるもんね。……ねえ、一つ訊いてもいいかな」
 彼女は、僕の返事を待たずに続けた。その問いは、少なくとも僕とってとても――
 ふと、先ほど揺れに起こされた弟がずっとこちらを伺っていることに気づいた。
「?」
「いや、今何か言わなかったか?」
「何の話だ?」
「……悪い、まだ頭が寝ぼけてるみたいだ」
 そう言って弟は少しだけ窓を開けた。風が通る。天気もよく風が心地よい。それで目覚めさせようという心積もりなのだろう。寝起きが覚えがないので、夢見でも悪かったのだろうか。起こし方にも問題があったかもしれない。
 それとも、自分は何か口にしたのだろうか。あまり覚えがない。思い出に浸っていたから、もしかしたら、何か口走ったか。
 彼女の問いは。
 あまりにも残酷な問いだ。そんな疑問、遠い昔に捨て去ったというのに、彼女は掘り返し、蒸し返し、呼び返した。言葉ひとつで、あんなに心を揺さぶられると思わなかった。
 それよりも驚いたのは、自分の心だ。まだ、揺れ動くなんてことができるとは、考えても無かった。そんな機能などとうの昔に削除されているものだと認識していた。人形のようなものだと。あのひとの思うがままに動かされる、思うように動く人形だと。あのひとの操り人形にすぎないと。
 それでもまだ、揺れ動くことが出来た。
 彼女の言葉に、心が感動したのだ。
 いつか来る終わりを、いつか父に生贄にされる日を。いつか世界が壊れる日を。いつか自分が消えてしまう日を。その今日を。

 避けたいと思う気持ちが、あったのかと。