ぐらぐら、ぐらぐら。頭が痛い。吹き込む風が有難かった。夢見が悪かったせいだ。こんな状況で思い悩んでも仕方がないと、高を括った居眠りだったけれど、不正解だったようだ。ただでさえ考えていた内容が、まざまざと夢に現れたのだから。
 兄を見やると、相変わらず思考の海に潜っているようだった。いろいろ、考えがちな性格だからだろう。そうでなくても、現況、気楽にはなれないだろうけれど。
 あれきり、兄との会話はなくなった。兄が何を考えているのか。 この場、この状況に限れば、手に取るように解ることだ。これから行く先は、間違いなく凡てに破滅を与えるための場所。自分達四人の命を犠牲にして、世界を破壊するために向かう場所。それを考えれば、簡単なことだろう。
 願望と、惑い。
 この運命からどうにか逃れたいという気持ち。それを願っている自分への途惑い。
 当然のことだ。少し前の自分達なら微塵も考えなかっただろう。自分達は父に従っていればいいと、そうしていればいいと教え込まれ、叩き込まれた。そして、そのままそれに慣れてしまった。それが正しいと。それほどまでに麻痺していた惰性の感覚。
 その惰性から目を覚ましたのはきっと彼女のせいだ。
 たった一言が、まるで蹂躙するかのように荒らしていった。今このときに、更に強く暴れ回る。彼女の意思、彼女の力、彼女の想いがこもった言葉。彼女の発する言葉は凡て、強い力が込められている。小さな言葉にすら彼女の気持ちが生きている。
 口元が緩んだ。理由は自分でも解らない。どうやら兄は気づいていないようで、相変わらず空を眺めて物思いに耽っている。
 思い出すと、笑ってしまう。おかしいところがあったかと聞かれれば、彼女はおかしさの塊で、だからと言って思い出し笑いをするほどではなかったと思うのだが。自分でもわからない。自分の世界は狭いけれど、それでも、彼女のような人間は特異だろうことは予想がついた。
(そんなこと言ったら、また怒られるか)
「あたしのこと変な奴だと思ってるでしょ?」
 初めてあったときはそう言われた。当たり前だ。突然、窓から部屋に忍び込んだ人間が窓枠に足を引っ掛けてすっ転べば、誰だって変な奴だと思うだろう。
 更には堂々と「匿って」等というのだから、呆れるばかりだ。呆れつつも本当に匿った俺も俺か。つまりはそれくらい、彼女は悪びれもせずそうしてくれるのが当たり前だと言わんばかりの態度だった。
 去り際に、名乗ってもいない名を呼ばれて、やっぱりどこぞの諜報員かと納得していると、兄や姉、妹の名前まで引っ張り出してきた。しかも直接会ったという。そのための侵入だったのだろうか。侵入者と言うには、名前を名乗ったりしてあまりに口が軽かったが。
 四人それぞれに、疑問を投げかけたことも話してくれた。そして、俺にも同じだけれど。

 ――納得できる?

 その問いはいつも付き纏う。俺は姉のように愚直にはなれないし、兄のように悩むことはしたくなかったから、見ないふりを上手にしてきた。それが自分達の運命であり、存在する価値なのだと。そのために生まれてきたのだと。
 だのに、彼女の問いには答えられなかった。彼女の言葉はあまりにも豪胆で、自分の卑屈な嘘を返すことができなかった。自分の嘘が明確にされてしまった。
 嘘だと気づかされてしまったのだ。見ないふりを続けていた自分を本心を、見つけてしまった。だから、困惑する。彼女の問いに、今まで吐き続けた嘘を返せなかったことに戸惑う。きっと、兄達だって、そうなのだ。彼女の言葉が、彼女の声が、あまりにも強かったから。
(でも、もう、)
「キール様、ソル様。到着いたしました」
 迷っている暇は無い。現実はそこにやってきていて、願望は暗い底で息を潜めて、そのまま見えなくなった。
 言われるがまま、外に下りる。嫌味なほど青い空が自分達を迎えた。受け止めたくない運命と現実を伴って。結局、彼女の問いに対する答えを見つけることも出来ないまま、この運命に従うことになった。

「ちゃんと返答するぐらいは、したかったな」

 小さな溜息とともに、それは誰にも気づかれずに風に流された。