着々と準備が進んでいく。自分達が意味を成す為の準備だ。それであるのに、姉も兄らも一言も喋りはしない。今口を開くことに何の意味もないと考えているのか。それとも、その口から出る言葉が嘘になることがわかっているのか。
 自分はそのどちらでもない。
 ただ、単純に怖いのだ。迷いを口にしてしまいそうで、姉達を困らせてしまいそうで、怖い。願望が、絶望に過ぎないことを突きつけられてしまうのが、怖い。目の前に広がっている現実を、見ていることすら怖いというのに。
 どうして自分は弱いのだろう。もっと強ければ、こんなことにはならなかった。父に従うだけの生き方ではなかった。抗う心を強く持てたなら。
 彼女のように、強ければ。
 自分は彼女よりずっとずっと弱い。あの言葉。あの意思。あの強さ。彼女はとても眩しく、輝いている。憧れてしまう。何度想った事だろう。彼女のように、強く、自分に何の疑いもなく生きれたのなら。もしそうだったなら。
 所詮叶わぬ願いだったのか。
 結局あたしは何もできていないのに。
 今現在自分のしていることが、逃げ出したい現実だ。目の前で進められていくことを止められないのは、何もしていない証拠に他ならない。
 儀式が成功すれば、自分も、兄達も、魂を食われ命を奪われ、そして世界を破滅させる。そうするために、生まれてきた。育てられてきた。

――それが、君の選んだ生き方?

 ぶるり。身体が震えた。風が強くなってきている。相変わらず、眩しい程の快晴なのに、風は優しくはない。
(わからない)
 あんなことを聞かれても、自分にはわからない。全然答えが見つからない。答えのあてすらない。嘘すら思いつかない。姉達ならば、嘘もつけたのだろうか。そうかもしれない。何もわからないのは、あたしだけかもしれない。
 問いかけた彼女は、答えに詰まるあたしの頭をそっと撫でていった。そして笑った。太陽みたいに、笑って行った。あんな風に微笑まれたのは、初めてだ。母のことはもう覚えていない。父は血の繋がりこそあれど、慕う相手ではなく従う相手だ。それは姉様達だってきっと同じで、だからこそ、姉様達だって、そんなことはしない。やり方がわからない。
(わからない、わからないこと、ばっかりだよ)
 言われたことをするのが正解で、それ以外は、間違いだった。言うとおりにすれば、それでよかった。なのに、なのに彼女はいとも簡単に、それ以上のことをやってのけて、それ以上のことを要求する。そういう意味で、彼女は残酷なんだろう。その残酷さが、自分の胸を置くをぐちゃぐちゃにしていくのだ。
 また一際強く風が吹く。顔を上げると、真面目な顔をした姉と、神妙な面持ちの兄と、何も考えて無いようなもう一人の兄がいる。直線で繋がる父よりも、明確に家族であると思えるのは、境遇が同じだからなのだろうか。そんな温度のない繋がりだけしかないのだろうか。
 違う。これは、そんなものではない。自分と、姉達の間にある明瞭で純粋な絆なのだ。
 だから消えて欲しくないと願う。――でもそれ以外に、自分達に意味がないことも、解っている。そのために生まれて、そのために育てられて、そのためにここまで来たのだから。
 ぐるぐる巡る。思考が右往左往しているのが自分でもわかる。今このときになって、何を考えればいいのかわからなくなっている。考えなくてもいいことを考えている?そうかもしれない。考える必要なんてない。
(でも、そう言った兄様は、どうしてそんな苦い顔をしたの?)
 先ほどの姉の言葉を思い出す。
(姉様は、なんて言おうとしたの?)
 答えは見つからない。わからない。
 このままでいいのだろうか。勿論、いけないことだ。全部が消えてしまうこと。自分達だけでなく、全てがだ。
 でも、それを否定すれば、拠り所がなくなってしまう。
 唯一の確かな拠り所であったのに、疑念一つで脆弱な砂の城のようになってしまった。

 どうすれば、いいんだろう。