人生何事も挑戦だ、と誰かが言っていたかもしれない。いろんなことに挑戦し、いろんなことを経験することで、人間として大きく成長できるものだ、と言っていたような気がする。誰かが。
 しかし、こればっかりは、そんな『とにかく人生いろいろあって、いろいろ経験した方がいいんだよ』なんていう受け止め方が出来るようなことではない。絶対ない。
 気がついたら、クレーターのど真ん中に幼馴染達と転がっていたなどと。
「なに……いったいどういうこと?」
 橋本夏美は、誰よりも先に気がついて、誰よりも先に呟いた。


「非常に申し訳ない……」
 夏美の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、は謝罪の言葉を口にした。傍らには、儀式の遂行に懸命だった四人も一緒だった。ともに岩陰に身を隠したまま、視線はクレーターの真ん中にぽつんといる夏美を含めた四人に向けられている。
 周囲を包んだ真白の光。その光がやんで、視界が開けた時、目を見張るほどの大穴とその中心に転がっている彼らを視認すると、 もそして彼女らも大急ぎでクレーターを覗けるような岩陰に隠れたのだった。
 先ほどまで魔法陣が描かれていたまさに儀式の中心であったはずの場所は、大きなクレーターと化してしまった。魔法陣の跡は少々残るものの、押し潰すような圧力が地形を変化させてしまったようだ。抉るというよりも、それは、圧すという表現が相応しいようである。
(門は閉じたつもりだったけど、)
 そんな圧力の賜物の中心にいる男女四人は、おそらく召喚獣。あの時、あの真白の中に、全く違うものが混じっていたことをあの瞬間は感じ取っていた。推測するに、召喚の光だろう。強制的に中断させた儀式の結果であろうが、彼らはこの世界を取り巻く四つの世界のどれにもそぐわない雰囲気を持っていた。
(門を閉じれなかった。どこかにずれただけだった、てことか。参ったな、被害者だわ)
 その言葉に至ってから、彼らから視線を外してクレーターの周囲を見やる。それこそ、自業自得とはいえ、犠牲者であった。言葉にするのも躊躇われる。そもそもの儀式が原因であったとはいえ、心苦しいことに変わりはない。それを止めに来たのに。
 さらにそこからも目を離し、次に見たのは、落胆と表現するにもおこがましいような落ち込みぶりを発揮している四人であった。
「……落ち込むのは解るけどさ、これからどうするか相談ぐらいしてなよ。立ち止まっても仕方ないよ? 彼らを放っておくわけではないのでしょう?」
 そんな励ますような科白を吐くような立場ではないのだが、声をかけずにはいられないほどであった。声をかけられ、四人はびくりと身体を揺らす。無理もないだろう、儀式の失敗でどこの誰か定かではない者を呼び出した上に、自分達しか無事な者は残っていないのだ。
 しかし返事もしない。陰気なことである。
「今後を話し合うのに、私が邪魔だっていうのはわかるけどさ」
 ではそういうことで。はひらひらと手を振って立ち去ろうとした。本当はもう少し監視もしていたいところだが、そうもいかないようだ。優先順位というものがある。
「待ってください!」
 そんなの背中に掛かった声は、彼らの中で長姉にあたるクラレットのものだった。振り返ると、先ほどまで自分の思考に沈むような目をして座り込んでいた彼女は、その両足で立ち、威嚇するようにを睨みつけていた。
「……貴方はこれからどうするんですか?」
 この状況を生み出した一因である貴方は。
 しかしそんな搾り出されたような問いにも、はそんなことかと肩を竦めて、困った笑顔を見せるだけだ。
「とりあえず、責任の半分ぐらいはあたしにあるだろうから、あの子達についてあげようかなって思ってる。考えてることはそれぐらい」
 彼らの出身がどこなのか、気になるというのも一つだ。の中で、彼らの存在はその出現を抜きにして、とても引っかかりを覚えるものである。漠然とした、何かがそこにあるのだ。
 けれどそんなことは口にせず、は少し考える仕草を見せてから、クラレットたちに向き直った。四人をその黒の双眸で、睨みつける一歩手前の視線で見つめる。
「さっきも言ったとおり、これはあたしの責任でもあるけど、君らに責任がないとは言わないよ。責任は君らにもあるよ」
 四人の瞳が、揺れた。
 は見逃さなかった。不安と焦燥と、何よりも自身の願いに揺さぶられる、その瞳を。
「あたしは誰かを呼び出すことを願ったわけじゃないから」
「そんなこと、」
「ないって言い切れる? どこかで願ったんじゃない? 犠牲になる運命や父親の従順な駒であることを否定して、ただ生きたいと願ったんじゃないの?」
 誰かに、止めて欲しい。助けて欲しい。このままでは、世界が壊れてしまう。――きょうだいが、しんで、
「黙れッ!」
 声を荒げて思考を遮ったのは、キールだった。普段物静かな彼が、動揺を隠そうともせずに浅く呼吸する。揺さぶられる心を咎めるように、揺れる心に戸惑うように。
「……君達がそれでいいなら、いいけど」
 本当にそれでいいと思っているのなら、それはそれで構わない。ひとの生き方を、言葉一つで変えられると思うほども傲慢ではなかった。
「誰かに助けてほしかったんじゃないの?」
 それでも、口にせずにはいられない。それもまたの本音であった。彼らの中に確かに存在する、砂塵のような脆く小さな願いを刺激できればと想う、意志と言葉。
 突きつけられた言葉に、突きつけられた四人の誰も、何も返せない。ぐるぐると心をかき乱される。それだけ、の言葉が明確な重みとほんの少しの侮蔑とを含んでいた。